2006年4月19日 (水)

野球の本

センバツ出場辞退の前から、駒大苫小牧に関しての本(何故雪国のチームが優勝するまでに至ったか、そして不祥事)を、書きたいと思い、出版社を当たっている。

だけれども、なかなか取材費を出してくれるところもなく、暗澹たる気持ちで、口内炎などにかかっているのが現状だ。
苫小牧のいすゞ自動車工場に1年間働きに行こうか(そこで地元の話を集めてルポしよう)と考え、応募もしたが、ちょっと無理があった。

車体に塗装の吹咐をする仕事らしいのだが、ポンプを揉んで押す仕事が意外にきついらしく、そのためには握力不足で、かつ場所が寮と工場自体はなれていて、車で通う距離らしく、断念した。なかなか上手くいかないもんだ。
「谷岡の書く駒大苫小牧」が読みたい!!といってくれる人もいるにはいるのだけれど、それが大手出版社の編集の人という(まぐれ当たりの様な話)でもなく、そうではないから、夢のままに終わってしまいそうだ。

駒大苫小牧は、ついに、センバツ優勝の横浜高校と試合をやることになった。

春季大会後の六月十八日に駒大苫小牧―横浜(10:00)、横浜―光星(13:00)が、光星学院(青森)50周年記念試合(八戸大野球場)ということでの招待試合。
胸騒ぎはするが、ルポルタージュは金がかかる上に、売れないから名前のある書き手でないと出してくれる出版社もなく、部数も少なく、実現しない。
だけど書きたい。リスクは大きいけど、何より見てみたい。
今度取材するVシネマのスターは、曽根英樹という人で、『恐喝こそわが人生』というVシネマに主演し今がロケの最中だ。哀川翔、小沢仁志も共演する。

『恐喝こそ我が人生』は、深作欣二監督が松方弘樹で撮った作品のリメイクだ。

昨日会ってきた。三角マークの東映任侠映画を正統に引き継ぐ継承者であり、三池崇史作品の常連であり、ホラー物で頭角を現している異色の俳優でもある。

いい感じだ。

実は、デビュー時は千葉真一と同時主演していた曾根晴美(のち悪役で東映のみならず日活でも名をはせる)の息子だ。曾根晴美は、近鉄パールズの投手出身で、(映画のほうの)東映入りし現在にいたり、その血筋なのか、息子の曽根英樹も福井商業でエース、甲子園手前の決勝まで進んだ、という話(まだ調べついてません)を聞いてはいる。

『恐喝こそ』深作欣二版のほうの脚本家神波史男は、「北風史」の「史」でもあり、氏から色々と話は聞いている。

今日、新庄剛志が引退宣言をしたそうだが、あの北海道日本ハムファイターズが、東映であった。

東急自体が、もともと球団を東映の親会社である東急が買ったのも、苅田久徳(六大学のスターからプロ入り。セネタースの名二塁手。隠し玉の名手)が、「買ってくれ」と猿丸元(東急総帥・五島慶太の子分)に泣きついたからだ。
「チンポ酒事件」で有名な東映の製作主任だった寺川千秋も、高松商業で全国制覇を2階経験した二塁手だった。

東映の(野球のほうの)監督となった水原茂と同期である。
東映が系列会社の「東急フライヤーズ」を買うのが「松竹ロビンス」の最後の年となる五四年である。五島慶太の時代から、実質の管理は東映社長の大川博がやっていたから、五島昇の時代になったときに、昇が野球が嫌いだったために、大川(つまり東映)が引き継いだ。

東映ニューフェース元年の年でもある。この年から東映はドンドンと俳優を集めていった。そして六〇年には第二東映を発足させる。とにかく俳優が足りなかった。このときのバブルで俳優に転進したのが東映フラーイヤーズの選手だった悪役商会の八名信夫である。今では「まず~い青汁」のCMでお馴染みだ。

元プロ野球選手の映画俳優というのはあまりいない。

曾根晴美までがそうだったとは意外だ。

というのもプロ野球は花形だからだ。

スター選手ならば他のスポーツ選手に比べれば、食い扶持が比較的多く存在し、一流でなくとも、すでに甲子園のヒーローであったりする。少々の俳優以上に大きな脚光を浴びてきているわけだ。いまさらというのもあるのだろうし、相撲、プロレス、ボクシングが、ロック歌手のように比較的脇のキャラクター、或いは悪役として求められる素材に適しているのに対して、「プロ野球」の場合は、映画の黄金時代にはどうしても「日本のキングスポーツ」の時代だったから、主演が絵になってしまう。張本勲、江夏豊、藤村富美男が、顔のごつさで持って、いずれも東映のヤクザ映画で、重要な役として出演している。扱いは、みな特別出演である。

長島一茂でも、扱いは主演である。それでも今Vシネマに脇役として出まくっている元ロッテ、そして横浜高のエースとして甲子園で優勝した愛甲猛などは、過去の栄光をかなぐり捨てているのだろう。黒い交際、筋肉薬物使用の告白、などなど。

そんな中で、元プロ野球「東映フライヤーズ」の投手だった八名信夫

五六~五八の三年間で未勝利、奪三振計十三、(近鉄との対戦中に)負傷して選手引退後、親会社の東映映画に出演し、以後「悪役商会」を率いる名バイプレーヤーとなった。

東映が系列の「東急」を買った五四年は、日活出現で映画界の黄金時代の幕開けを予感させた年でもあった。順位こそそれぞれセパ両リーグ最下位を含む、6、3、5、7位であったが、映画会社の球団が四つ存在したことになる。東映も大映や松竹同様に悲願の優勝を一度だけすることになる。しかも日本一にまでなる。そのためにということで、リーグ分裂後八度の優勝を決めている「読売ジャイアンツ」の水原茂監督をセ・リーグから引っ張ってくる。

水原茂は球界入りした昭和十一年について、「当時の職業野球は世間からまったく理解されておらず、まるでヤクザの世界に実を落とす心境だった」と自伝に書いているが、ヤクザ映画の東映を親会社とする「東映フライヤーズ」に監督として就任するのは、六一年のことである。

口説き落とすために奔走した俊藤浩滋は、その著書「任侠映画伝」(講談社/山根貞男と共著)にこう書いてある。

<そこで、私は思案した。これはなんぼ言うてもあかん。いっそ奥さんに強力にあたったほうがええのと違うやろか。>

真相はそういうことらしい。

最近刊行されている「おそめ」という本を立ち読みしたが、ちょっとこの本はねえ・・・。

そしてどうなったか。まず観客動員数の推移を以下に書く。単位は千人である。

東映の最初の年の五四(186)五五(154)五六(207)五七(214)五八(546)五九(645)六〇(353)六一(707)六二(1367)六三(1169)六四(944)六五(654)。

いかに六二年の熱狂が凄かったかがわかる。前年甲子園優勝投手の「怪童」尾崎行雄が浪商から中退して入団し十七才でチーム最多の二十勝を挙げる。同じ浪商出身、二二歳の四番打者張本勲が、3割3分3厘31本塁打99打点でパMVP、前半戦終了次点で二位南海とのゲーム差十六で、二〇〇三年の星野阪神でさえ、二位ヤクルトとは十四・五ゲーム差である。とにかく圧勝のシーズンで、日本シリーズも勢いそのままに四度の延長戦の末、セ・リーグの覇者阪神を破った。その年の沢村賞小山正明とセMVPの村山実は共に防御率1点台で27勝と25勝。その「小山、村山、雨」と言われた二人に対して二敗ずつ土をつけての日本一であった。

観客席には鶴田浩二から高倉健から皆が駆けつけていたと言うが、その映像は上っ面だけのバラエティー番組などで紹介されているにしろ、映画館で昔やっていた「東映ニュース」などの映像で残っているのだろうから、まとめてそのまま見たい。

かくしてその後一度も優勝することなく七三年「日拓ホーム」という不動産会社に売却、日拓は七色のユニフォームという触れ込みで七種類を着用、選手たち自らが混乱し監督も途中交代、五位に低迷、その日拓ホームから日本ハムが翌年買った。

何でもいいけど、野球の本を書きたい。

誰か書かせてはくれまいか。

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2006年3月22日 (水)

イチロー3

スポーツに詳しい友人からメールが来て、

準優勝くらいが日本のためによかったのでは、詳しくは話せないが、少なくとも今回のWBCは応援する気になれなかった。よい印象ではないということを察してくれ。

とあった。

何かを知ると、それまで見えていたイメージが180度変わることも多いし、その後またそれがひっくり返ることもあるが、自分の基準がぶれるか、もしくは固まるか、見直すか。立て直すか。

キューバ戦後のイチローのはしゃぎぶりを見てしまうと、超才と書いたものの、日本のプロ野球のサイズが、イチローサイズ(ある面は自由に、ある面はお行儀良くてつまらない)になったみたいで、それがここに来て、王さんと結びついたのか、とも思った。

王と長嶋、静と動のように伝えられてきたけれども、もっと前から、六大学のヒーローだった長嶋と、早実で甲子園優勝投手となるも、国体の出場資格で国籍問題により駄目だしされた王がいて、その線上での現役時代を見ていたおれは、子供心に、その風当たりには「変」な空気を感じていた。

王貞治の現役時代(おれは小学生)に、「王三振だ」が「王さん、死んだ」に聞こえるという都市伝説が、新聞に載っていたのを見て、当時から読売ファンではなかったから王でも長嶋でもどちらでも良かったのだけれど、それでも、何か悪意の様なものが社会に立ち込めているのを感じてはいた。「長嶋三振だ」でも同じではないか。

甲子園球場では(確か)下駄で殴られ、ダイエー時代は卵をぶつけられ、なお「世界の王」と祭り上げられる割りには、長嶋とは許される度合いが全然違う。

それが「溜まっていかない」わけが無い。

また、昨日の「イチロー2」にコメントいただき、その返信もかねて以下、書きます。

亀田の話は、日韓戦の引き合いとして適当ではなかったようで、(今の自分はボクシングの状況もあまり知らず)他の例を考えたほうが良かったみたいです。ちょっと話題となっている題材があると、つい見てしまうし、また引きずられるもので。

本筋はイチローについてであり、何か適当な例があったら、亀田の話と差し替えます。

亀田についても、今ここでは書きにくいけれど、複雑な感情を持っていること、(友人のメール同様)お察しくださいませ。

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2006年3月21日 (火)

イチロー2

ところで、昨日の試合をいい試合と見るか。

韓国戦の2回目で連敗したときに、イチローはコメントで「癪に障る」といっていた。

何をいっているのか。がっぷりと四つに組んだいい試合だったではないか。

アメリカ戦みたいな誤審があったわけではなく、不当行為が選手によって行なわれたわけでもない。ファールフライを捕るときに観客に邪魔されたというのなら、それはそれで問題とすればよいわけで、試合後に、いい試合だったという余韻をなぜか残せていない両チームは、そして特にイチローの指揮の盛り上げ方は感心しない。

亀田興毅の世界前哨戦がつい先日あった。亀田のパンチは、ロー・ブロー(反則の一つ)が多いようにも見えたし、お互い父親がセコンドについているとあっては、遺恨になりかねない材料は揃っていたが、それでもノックアウトされた相手は、試合後に、亀田に向かって歩いてきて、リング上で握手を交わした。

昨日の日韓戦はどうか。

好試合であることは確かだが、試合が終わって、両チームの選手が抱き合うというようなそういういい試合ではなかった。

イチローが、すでに大会前からの発言で、韓国側に火を炊きつけたという事情もある。

イチローと同じ国のオレから見ても、「ジャパン」の帽子を被って燃えないわけがない、とか、どうにも国粋主義的な人が喜びそうな匂いの強く感じられた発言が、なぜか多かった。

そして、そのイチローは、勝つことだけに固執していて、勝ってから握手を求めにいくくらいのゲームそのものを讃える気持ちがの膨らみはなかったように見えた。

どうもそういう男ではない。「日本」プロ野球限定の(しかもメジャーリーグ所属といういびつな関係での)超才。

一応付け加えておく。

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2006年3月20日 (月)

イチロー

あまりイチローをほめたことは無いが、ここでは最初で最後、そう見える文章になるだろう。

1、「天才」とは天賦の才能と運に恵まれたもので、成績を残す。

2、「秀才」(達人)は、努力して結果を出し、そのジャンルが他とどう関わっているかの物の道理も分かっているものの事である。

3、さらに遺伝子の成せる業か「伝才」とでも呼びたい人がいる。「鬼才」とか「奇才」とも呼ばれる、いわゆるオーラのある人である。

これら1~3を併せ持った人は、そのジャンルの「超才」とここでは呼ぶことにする。

イチローも超才のひとりに、このWBCを通して「成った」といえる。

それでもって、超才に当たる人とは、どういうものか。

超才というものは、そのジャンル(例えば映画)と個人が同一になってしまった者のことである。その時、その個人がどこに行くかがそのジャンルの先を決めるのだ。

一方、そのジャンルの歴史に掴まって、ぶら下がって、飯を食い、そのジャンルを支え、発展させているかのような気持ちになっている愚か者が、その個人(つまり超才)の手足を縛るのである。

つまりジャンルVSその個人

「俺を採るか、この世界が存続するのをとるか」で、俺を取るものの事である。

キング・カズこと三浦和良は、紛れもなく超才である。にも関わらず岡田という人は、ワールカップメンバーから外した事件があった。馬鹿馬鹿しくて思い出したくも無いが、1も2も3も無い男に何を説教しても無駄であろう。ナカタには3が薄いが、それでも1や2だけの才能で嫌う人もいて、なかなかギクシャクしていた、その後の日本サッカー。

プロ野球での超才には、一瞬だけの江川卓、清原和博という存在がいる。

たとえば古田敦也はどうか。1は満たす。2については、これまでのプロ野球史上、誰よりも輝いた世界観を獲得している男だ。では3は。

これが無い。MVPを獲得して花束を振りかざしたところで、そのことで獲得できるものではない。したがって×。野村克也も全く同じく3で×。

では長嶋茂雄はどうか。これは1と3が○。しかし2が×。野球がどれほどに他ジャンルと関わり意味を持ち、相互交通試合、自分がどういう立場なのか、結局分からずに、その他のスポーツで的外れなコメントを残してニコニコしているだけの人だった。政治に巻き込まれても、その立ち位置に無頓着であった。

2の秀才。これは広岡達朗であり、長嶋と広岡を足せば超才になるというわけダ。

阪神というレベルだけで言えば、歴代ミスター・タイガースのうち藤村富美男、村山実、田淵幸一(江夏豊と込みだろうけれど)とみな1と3があったけれども、2が無い。かろうじて掛布雅之がそれを意識するプレーをしたから、唯一の超才といえる。しかし範囲の枠が「阪神」というチームだけのそれでは、やはりそう呼んではいけない。ジャンルで無ければならない。

では王監督はどうか。やはり3が不足していた。

映画ではどうか。深作欣二監督は。満たしているのは1だけでしょう。したがってただの天才。

大島渚。これは2と3だけでしょう。1が無い。山田洋次。これは1と2だけ。3が無い。

で黒澤明だけが、1~3の全部を満たしている。スピルバーグにも3が無い。

一九五一年に始まった「NHK紅白歌合戦」(テレビ放送および大晦日開催は五三年の第四回からであり、第三回までの会場は劇場ではなくNHK第一スタジオ)に対抗して民放が、飛躍の年の一九五五年「十大歌手による民放祭」をやろうとしたとき、それが芸能界全体を掌握したイベントになっていないという反発と不満を一手に引き受けたのが、のち山口組三代目組長となる田岡一雄で、同日に美空ひばりをはじめとする「十大歌手競演歌謡ショー」をぶつけ、結局は民放連が折れて、「二十大歌手による民放祭」を開くことになる。もちろんその目玉は美空ひばりであり、「紅白」および「民放」ごときに左右される存在ではなく五五、五六年と「紅白」には出ていない「女王」である。日本レコード大賞も五九年から始まっているが、火がつくのは初めて大晦日にテレビ放送された六九年からで、美空は「いまさら」という六五年に「柔」で一度大賞を取ったきりである。美空が日本の歌謡曲というジャンルと拮抗した大きさをもっていたのである。

美空ひばりVS日本の歌謡界。

この二つが、行く先を巡って争ったのだ。

これ以後もある時期までずっと「歌謡界」を背負い続けていたゆえ、他ジャンルへの挑戦またはクロスオーバーについては、本人の進取の気性とは裏腹に、自由にはならなかった。「プロ野球」そのものと対峙することのなかった長嶋茂雄を超才と言い表す事はできないが、美空ひばりは超才である。

黒澤明は、「紅白」の方が美空を意識し、大きく成長していったように、「日本アカデミー賞」の創設に必要とされ、七八年の第一回(作品賞は『幸福の黄色いハンカチ』)に招待されるも、しかしこれを拒否する。テレビの演出はもちろん、ドキュメンタリーの取材も拒否し続けてきた。

超才というものは、そのジャンルを、次の次元に転換していこうとするとき、壊す可能性も当然の如く持っているから、既存で満足、現状で結構と思っている人たち(現存ジャンルの住人)は、その超才をとにかくなだめ、手足を縛り、時間を稼ぐ。疎ましくも感じる。要するにスポーツ選手ならば、彼らにとっての最も貴重な「時間」を無駄使いさせられ、「人並み」にされていくのである。

超才は惜しみなく奪われていく。

黒澤明は、野球を見るのは余り好きではないと語っている。中心打者の場面なら見ごたえがあるが、下位打線になると退屈だ。そして投手も豪腕なら見ごたえがあるが、二線級になると退屈だ。つまり、より超才の可能性を見せてくれるものに興味があるのだ。江川で言えば七四年のシーズンからの対決を観たい、ただそれだけである。大学の四年間も浪人の一年間も謹慎の二ヵ月間も不要なのだ。こういう意見に対して「お前はプロ野球だけでのことしか考えてはいないのか」と問う人もいるだろうが、それは黒澤明に対して、「映画だけのことしか考えていないのか」と問うようなものである。「私は映画である」という存在の人間に向かってそんな問いは無意味である。

ジャンルとその個人が1対1で、拮抗する。

ドーム球場の高さというものは、大体この高さであれば、いくら凄い打者でも天井には届かないだろうということで作られる。ところが実際には、結構当たってしまう。もちろんそれは強打者である。これが、ある一人の天才だけが頻繁に当たるとすると、どうするか。その天才のためだけに何億円もかけて、さらに高い天井のドーム球場に作り変えることはしないはずだ。現在のプロ野球にしたって、西武のカブレラと何人かを間引きすれば、もっと低い球場で済むはずだ。しかし、いくら情けない現状の野球ファンであっても、そこまで馬鹿にされた世界を支持はしない。それはなぜか。

たった一人だけ、その基準に合わないやつが出てきてもいいのである。そいつのために天井を高くして、それを見に行くのである。

しかし現状肯定派は、決して高くしようとはしない。平気で間引きする社会だ。結局、初めて現れた超才、つまり一人ならば、間引きすることで、映画だろうが野球だろうが大した伝統でもないのに、現状を守ろうとする。中世の時代からそうだった。太陽が地球の周りを回っていた。

『七人の侍』という作品は、野球がどれだけ高く飛ばせるかを競うスポーツであるとして、映画をそれにたとえるならば、ちょうど天井にぶつかってしまった映画である。以後黒澤は、六五年の『赤ひげ』まで何を撮っても、平気でどこのドームの天井にも、工夫した当て方で飛ばせるようなそんな選手になった。そのとき、あるファンは確実に、もしもっと天井が高ければ、一体どのくらいの高さにまで飛ばせるのだろうか。そう考えるはずであり、出来ればそれを観たい、本人だってそう思っていたはずだ。江川卓も、阪急に入団していればまさに黄金時代に突入する年であったし、張本、リー、有藤、土井らパ・リーグの強打者との対決も、観られたはずで、本人だってそう思っていたはずだ。

しかし東宝という黒澤所属の映画会社は黒澤の、製作費も含めたスケールの巨大化に恐怖を抱いた。次に日本の映画界も危機感を抱いた。ハリウッドもこれまた手かせ足かせを準備し、黒澤の映画への可能性に賭ける度量を持っていなかった。「黒澤にだけは自由に撮らせてやってくれ」と言っていた近親者までが一人また一人と離れていった。

『東京オリンピック』を撮っていたならば、どれだけ凄いことになっていたか、『暴走機関車』しかり、『トラ!トラ!トラ!』しかり。

「宇宙人としての行き方」(松井孝典/岩波新書)を読むと、われわれ(人類)は、宇宙を認識するために生まれてきた。人類(宇宙人)が生きているのは、生き延びるためではなく、ビッグバン以来の宇宙の歴史の解読作業を遂行していくためで、「人間圏」をつくって生きていくという(「生き延びる」という視点から見れば)危険な選択は、たとえ滅びようとも、解読の欲望を否定できない。すなわち映画も、より人間を解読していこうとするとき、今ある映画を壊さざるを得ない。

したがって、黒澤の仕掛けた、たとえば『暴走機関車』は、これを映画と呼ぼうものならば、これまで「映画」と呼んでいたもの全てが映画ではなくなる。そんな得体の知れぬものであったはずだ。

『赤ひげ』の公開を終え、五五才で何もかも現状の映画の世界ではやりつくした超才が、以後、あっけなく翼をもぎ取られていく。

イチローはこのことを早くから知っていた。

だからパリーグ時代から巨人批判をチョコチョコしていたが、そしてメジャーリーグ入りしてからはマリナーズ批判までチョコチョコしていたが、自分と日本プロ野球とのどっちをとるかを、王貞治という世界的な男(しかも3が無かった)を分かりやすい素材として隣に置きながら、王監督同様にこれまで自らの不足気味だった3について、突破を図ったのだ。

1を満たす人間は多くの有名人ならば、まずもって満たしている。問題は2で、これは時間もかかるし、できない人間には永遠に出来ないから、これを獲得した王やイチローや古田やノムさんは、この2も無いくせに3を持っている、たとえば長嶋茂雄の様な人物を激しく嫉妬し、また認め愛してもいる。だからそれを倒す以上に、水かrがその3をも獲得して凌駕していくしかない。それは不可能に近い。それをイチローは、この大会を通じて、成し遂げた。

オレにはそう見えた。

天晴れだ。

そのことだけは書き留めておかずにはいられなかった。

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2006年3月17日 (金)

メキシコ対アメリカ

自分のコメントがどう使われているのか気になって、朝、「スーパーモーニング」のチャンネルをつけたら、いきなり、義田貴士じゃないか。(昨日のブログ「WBCメキシコ戦」参照)

なんなのよ。

相変わらず偉そうに、神(イチロー)の声を下々に通訳して届けるみたいなスタンスで、高いトーンで語っていた。(Vシネマの中堅俳優)石橋保みたいな中途半端な二枚目の顔で、お前は、イチローの影武者でもコピーロボットでもないだろうに。 

と、今これを書いている最中に、なんとメキシコが2-1でアメリカに勝ったって。

西岡のタッチアップをアウトにした、またあの審判(マグワイアの66号をフイにしたボビー)が、本塁打を二塁打にしたって!

やってますなあ。

それほどまでにメジャーの格の違いを結果的に見せたいのか。

アメリカ人はパリがテキサス州にあるとか、そんな感覚で生きてるらしいから、メキシコなんて植民地だと思ってるのかしら。

それはそれとして、義田貴士だ。

大谷明宏「イチローは普段はクールに見えるのに、日の丸を背負って、あれほどに熱くなるとは思いませんでしたが・・・」

義田貴士「それは、イチローは、“日本人”ですから」

お前はナンなのよ。

張本勲はどうなのよ。

勘弁してくれよ。

何が日本人で、何が日本人でないかの基準があるのかよ。

オリックス在籍時でさえ、(例えリーグが違うとはいえ、現役の選手が)地元名古屋の中日の試合を応援に行っていた、というから、変わっている。

巨人の野球について、日本シリーズで、「ああいうチームが勝つという状態は良くない」と正しく批判していた。

『古畑任三郎』では、松嶋菜々子の回などよりもずっとましな演技をしていた。合格点などというレベルを超えていた。しかし、そうはいっても、もちろん、メジャーの現役選手という事を知らずに、あのドラマを見て楽しめるものではない。内容も実在選手という設定を巧みに生かしていたのはもちろんだ。その事を当たり前として認めたうえで、野球選手としてだけではない器用さも彼にはある。大したものだ。

思わせぶりなところは、貫禄がなく、メジャー1年目に憧れの選手に会うたびに、記念品やサインをもらったりしてはしゃいでいたミーハーぶりは、そう簡単には。オレの目からは取り消せない。それでも、何とか、それなりにオレの目ぐらいは誤魔化すだけのものはある。

だけど義田貴士だ。あれを使いこなしているうちは、ダメだ。結局は影武者化してしまう。

そのイチローの、またしても韓国戦。そしてもしかしたらのボビー審判。

18日(日本時間は14時間後だから19日)が待ち遠しい。

アメリカはやる気があるのだろうか。

1次リーグでカナダに負け、日本に疑惑の勝ちで、韓国に負け、更にもう見込みの消えたメキシコに負け、どうでもいいんだろうな。

イチローにその辺のところを聞きたい。

「国の象徴的スポーツだという意識はあると思うんですけど、とイチローさんは言うと思います」って。

お前に聞いてるんじゃないよ。

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WBC韓国戦

昨日、日韓戦を見ていたら、電話が入って、コメントをしてくれ、という。

テレビ朝日「スーパー・モーニング」という番組だ。

ちょっと気持ちが入っていたので、「今、TBSを見てる。野球が終わってからにしてくれ」。それで夜、さっさと夕飯を食べてから、いそいそと出かけた。

「タクシーで六本木の本社まで来てください。帰りもハイヤーを用意してます」「埼玉ですから長距離ですよ」「構いません」。

随分とテレビ局は金があるなとは思ったが、性分に合わないので、電車で行った。かえって電車代を損した結果だが、まあいい。

前にもテレ朝には出たことがあるが、四谷のスタジオだった。もちろん電車で行った。

こちらとしてはなるべく、そういう相手の「他人や会社の金を使うのは平気」というペースに巻き込まれたくない。

オレもかつては会社勤めをしていた時期がある。得意先の人と会うのに、安い喫茶店でコーヒーなんか飲むと、自分で払えと言われ、少々金額の張るところで食事なんかすると、経費として落ちる。変な仕組みだとは思ったが、だからといって、食事ばかりしていては、それはおかしいだろう。

で、日韓戦。

負けると思ったよ。

日本の若手と、韓国の若手との「気持ち」の差だ。

ガムなんかを食っちゃべって、岩村とか今江とか藤川とか、「いつものノリ」「普段着の野球」みたいなことを考えていたのだろう。「楽しみたい」というオリンピック選手。ワールドカップ予選で君が代を半分は歌わない。星条旗は、ジミヘンが弾いてもかっこいいけど、君が代は、清志郎が歌ったところで、あんまりいい歌じゃないもんな。

アメリカがそういう「やる気のなさ」でもって、この大会を相手にしていないのは分かる、だけど、日本はそういうノリを見せたいわりには、一方で、国の威信みたいなことを迫る(特にイチローは日本の上に「大」が付く昔の時代の人のように)、暗黙の圧力が見え隠れもする。

韓国は「大」韓民国だから、シルミドの国だから、そりゃア、違いまっせ。

それに比べての日本の若い連中の軽さ。

松井秀喜や井口は、米国内での雰囲気(このWBCという大会に対しての熱の冷め方)を感じ取って、やる気が起きなかったと思うし、そのことまで配慮できる王監督は、自身だって、もしかしたらかつて大リーグを目指したかもしれないという想像力と共に、物分りの良さが、松井参加への説得を鈍らせてもいたろう。

六人のメジャーリーグのうち、六人が出場した韓国。

十五人のうち、二人の日本。しかし、まあ、十五人といっても、野茂や藪など、むしろ使えない。日本の主戦級のほうがずっと代表にふさわしく、この十五人云々は、また別の話だ。唯一言えるのは松井秀喜だけなのだ。

松井を本気にさせない日本が負けた。ただそれだけだ。

どうすれば勝てるか。松井が出れば勝てる。どうすれば松井が出るのか。米国を本気にさせれば松井は出る。どうすればアメリカが本気になるのか。

次の準決勝で、今度こそ韓国が勝てばいい。

アメリカは、まだ舐めきっていて、メキシコ戦は当然勝つだろうし、準決勝での韓国戦で大勝して、「こんなもんだよ、俺たちがちょっと力を出せば」という事で片をつけようとしている。

それじゃあダメだ。

韓国戦の9回裏、代打で新井(広島)が登場した。おいおい。一発狙いかよ。切腹かよ。

高校野球の最後の控えの三年生じゃないんだよ。或いは翌年の四番候補の二年生じゃないんだよ。何だかすげえなと思ったよ。王監督もそこまで大仰なことやるんだったら、そして最後に「屈辱」と言い切って叫んだイチローだったのなら、やはり本気モードを作るべきだった。韓国のほうが、今のメジャーリーグへの適応や研究が進んでいるという見方もある。外角球に対する審判の判定や少し大きいボールへの慣れなど。

だけど、その程度で負けるのかよ。違うだろ。

アテネオリンピックでも、日本代表はオーストラリア代表で出た阪神のウイリアムスにひねられた。

追い詰められて、手もなくひねられる。最後まで「楽しんで」笑われるのならまだしも、新井、多村と妙な最後だけの本気モード、一発狙い、大振り、切腹一直線の連続三振。

笑えも出来なきゃア、天晴れとも言えない最期だけの大振り。かえって潔くない潔さ。

日本シリーズでの連続安打記録男・今江や真っ直ぐ一本の藤川は、打たれ、或いはエラーをしたことの影響だろうけど、試合後の沈んだ無言歩行。

おいおいおい。かつて日本(中日)で悩んでハゲになったリ・ジョンボムが、三十五歳でなお溌剌のびのびと三塁を狙ってタッチアウトになる。これだよな。

次々と一線級のピッチャーを惜しげもなく代えてくる(かつて中日の)ソン・ドンヨル。これだよな。

高校野球で全国制覇した駒大苫小牧がまだ知られる前に、北海道地区は、ノンプロ野球で「大昭和製紙白老」チームが全国優勝するなどいつも好成績を挙げていた。その理由は、補強選手の、電電北海道の(のちヤクルトの監督も務める「小さな大打者」)若松勉や新日鉄室蘭の竹本由紀夫などが、大活躍をしたからだ。一丸となって北海道チームが本州のチーム相手に戦う。この意気込みの差が、確かにあった。韓国にも同様の凄みが感じられた。

もちろんまだ日本のプロ野球のほうが韓国野球よりも実力は上だと思うけど、ここ一番に勝てない。キューバを見ろ、といいたい。

せめてアメリカ対韓国は、テレビ中継しろ。そして韓国が勝ってアメリカを本気にさせろ。

ワールドカップみたいに、メジャーリーグの開幕を、WBC期間だけ遅らせろ。そして四年に一回にしろ。クリス・カーペンターやシリングが2イニングごとに交代で出てくるくらいの米国チームとがっぷり四つに組んで闘う試合を見たい。 その頃は松坂ではなく、ダルビッシュ有や現・駒大苫小牧の田中が日本を背負っているはずだ。

早くその日が来るためにも、韓国よ、必ず勝て!!

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2006年3月16日 (木)

WBCメキシコ戦

それにしても義田貴士である。

オレのワードは「よしだたかし」とキーを叩くと義田貴士と出る。普通は吉田隆とか、そういったありきたりな文字が出るはずだけれど、いつの間にか、パソコンにその名前を覚えさせてしまった。

嫌だ、嫌だ。

何が嫌なのかって言ったって、イチローである。

義田貴士という男は、そのイチローの取り巻きのひとりで、スポーツジャーナリストという事になっているが、今のところ(イチローにとって)利用し甲斐のあるやつという程度の「宣伝屋」だ。

スポーツであれ、その他のタレントであれ、少々の有名人となった者は、自分について、厳しい意見を言う者を寄せ付けることなく生きていくことが出来る。俳優なら、「あなたの演技はまだ甘い」とか、もう誰にもいわれずに済む。もっとも、意見を言われたところで、「天才」といわれる部類は、的外れな意見が災いして、気分が悪くなるだけのことも多いのだろう事は予測が付く。それはそれでいいけれど、逆に、気分を良くするだけの「おだて屋」におだてられるだけでは、よほどの人間でもない限りは、威張ることが自然になるし、「俺様」になることが当たり前になる。

たけし軍団を率いるビートたけしなどは、その点、ボディーガードに徹しさせていて、少々気分をよくすることを言われたところで、クソの自信にもつながらないような連中を従えて、裸の王様になるのを上手く避けている。

しかし、イチローは、この義田を義田と知りつつ、案外ボディーガード以上の利用の仕方をしている。持ちつ持たれつはいいけれど、そこで酌み交わされている約束事を世間に撒き散らすのはやめて欲しい。

長嶋茂雄の息子や娘という事で、本来もっと有能なスポーツ解説者がいても、その人材を差し置いて美奈や一茂が起用されるように、イチローの側近者として義田貴士は抜擢される。某映画監督に取り付く某映画応援者(肩書きは映画評論家)や、大スターと同じ事務所のプチスターなど、寄らば大樹の陰、核の傘、虎の威を藉る狐。毒にも薬にもならない「おだて屋」は必ずいる。いてもいいが、そして自分が捨てられてもいいし、逆にその取り巻く有名人を潰してもいいのだが、その「おだて」関係をメディアや世間に持ち込むのは勘弁してもらいたい。側近だけが聴くことの出来る楽屋話を面白がって聞くというのは、特権階級をありがたがるファンであって、スポーツに魅せられる鑑賞狂(たとえばオレ)というものは本来、そういう話は聞きたくもない。

義田の行為は、ファンというものを(イチロー、いや有名人が好きな)自分と同じ存在でしかないのだと誤解をしている、もしくはバカにしているに過ぎない。

去年の正月にデザイナーをしている立派な人の家に呼ばれた。会社を立ち上げるとかいうその出陣式の様なパーティーだったのだが、そこにはオレのほかにやはり、デザイナー(その家の主の弟子たち)が何人か来ていて、そこで野球の話になった。まあ、オレは部外者だったから、ただ聞いていただけだが、ちょっと聞いていられないようなレベルの話だった。

オレは、そのデザイナーは好きだが、それは彼のセンスがいいとか服が好きだからという理由ではない。彼の人柄が好きなのだ。本当に立派な人だ。だけど、言っちゃあ悪いが、彼のものを見る眼、特にスポーツなどに関しての目は、センスが良くないとしかいえない。

その弟子筋のセンスはといったら、これはもう箸にも棒にもかからない、という印象でしかない。

その場で、その弟子の一人から出た話は、「清原和博よりもイチローのほうが偉い」という話だった。なんとも義田な、いやはやもう・・・。

その理由はと聞けば、そこらじゅうでよく聞く話だ。あえてここに書くまでもなかろう。義田に聞いてくれ。

それは好き嫌いの問題だ。器用なイチロー、不器用な清原和博。

器用なのはいいけれど、義田貴士の使い方はナンなのだ。嫌らし過ぎはしまいか。

昨日のテレビ朝日のメキシコ戦。ふざけるんじゃあないよ。

まず解説の栗山英樹。(自分の現役時代が)並み以下のプレーヤーだったからって、卑屈な解説しかしない。大学でスポーツ工学か何かを学んでその点ではちょっとした専門家だという事でテレビに出ているのかもしれないが、しゃべくりの歯切れが悪い。義田貴士と同じで、いかにそのプレーヤーがすごいか(それは一般人よりすごいのか、平凡なプレーヤーよりすごいのかがはっきりしない)をかたるだけだ。

NHK・BSで大リーグの解説をしていた江藤省三も、殆ど大リーグに興味なく過ごしつつ「今日は解説の日か」といった調子でやってくるほどの酷さだけれども、栗山は逆に意気込んでくるのはいいけれど、野球の少々でたらめなオモシロさについての眼も持てよ、と言いたい。

野村克也の野村スコープぐらいに人間味が出るのならまだしも、詰まんない意気込み論みたいなものを交えて、昨日も福留の暴走(多分、今は調子が悪いから福留のアンテナの感度も狂っているのだろう)を、「チームの前へ前へ」という気持ちに結び付けてほめていた。何とでも言えるじゃないか。感度が狂っているのが分からないもんかねえ。或いは言えないもんかねえ。

そして義田貴士。こいつはナンなのよ。

王監督を見たい。彼の一挙手一投足を見たい。WBCは、だから見るようなものダ。

第1戦の読売の日本びいきなだけのでかい声。読売を「日本チーム」に変えただけの放送。米国は阪神か??って、まるでタカ&トシ(北海道出身の藤本敦士似)のネタか??

松井秀喜が、王監督なだけに出場したかったけれど、読売なだけに、それ以上に出る気がしなかった、とは、事情通の人から聞いた話だ。

実際、松井は米国内で、この大会がそれほどに人気がないのは知っているだろう。審判だって、(メジャーリーグの)オープン戦があるからという理由で、そっちのほうを優先させて、WBCを拒否したぐらいで、アメリカの新聞のスポーツ面トップは、この時期バスケットボールらしい。

だったら、イチローも拒否して、以下のメンバーで望めばよかったではないか。

1、青木宣親(中堅手・ヤクルト)

2、川崎宗則(遊撃手・ソフトバンク)

3、前田智徳(右翼手・広島)

4、金本知憲(左翼手・阪神タイガース)

5、松中信彦(DH・ソフトバンク)

6、清原和博(一塁手・オリックス)

7、中村紀洋(三塁手・オリックス)

8、今岡誠(二塁手・阪神タイガース)

9、里崎智也(捕手・千葉ロッテ)

投手・松坂大輔(西武)

監督・王貞治(ソフトバンク)

今日の韓国戦はTBSだから、世界の松下(アナウンサー)はうるさいにしても、あんまり変な解説は出てこないだろう。なんてったって、イチローはいるにしても義田が出てこない。

アメリカ戦で誤審がなければ、日本の野球史上「歴史的な1勝になるはずだった」というけれど、ならば、韓国の(アメリカ戦での)勝利は、アジアにとっての歴史的な1勝ではないのか!!そういう報道はひとつもない。しかも放送さえしない。

山本博(アーチェリー五輪メダリスト)がトリノ五輪の期間中にタイでアーチェリーの大会に参加していたが、オリンピックの放送は、全くされていなかったと「スタメン」(フジテレビ)で語っていた。もっともタイはトリノに一人の選手も参加してはいなかったのだが・・・。

義田もイチローの腰巾着ばかりやっているなら、せめて米国対韓国戦、メキシコ対韓国戦の偵察をしてきてTBSで報告しろ、といいたいところだが、それもやっぱり見たくないし、聴きたくない。

「イチローに関しては、韓国の選手もみな尊敬しているみたいで、さすが日本の、いや世界の宝だと思いました」みたいなお経はもう聞きたくない。

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2005年9月19日 (月)

阪神・今岡誠

今日は、阪神の今岡の打点記録が、(打率.283でHR27本という低めながらも)一三七打点(残り13試合)と驚異的なことから、打点について調べてみる。

今岡の個人記録としては、一五五打点を挙げて欲しいところだが、過去のプロ野球記録は、小鶴誠(松竹の3番打者)の一六一打点という輝かしい記録がある。

この年(一九五〇年)の松竹はスザマじいの一言である。松竹とは『寅さん』のあの松竹である。映画会社の持った球団としては、東映、大映、東宝といずれもパ・リーグだったのに対し、二リーグ分裂した五〇年に唯一セ・リーグに加盟する。

その初年度「松竹ロビンス」は水爆打線として恐れられ、のちのメガトン打線(六四)マシンガン打線(九九)をはるかにしのぐチーム史上はもとより、プロ野球史上かつてない今後もない、ヤンキース殺人打線も真っ青の打線を叩きつけた。

このときに一〇〇打点トリオが誕生した。一〇〇打点トリオは、85年の阪神とこの50年松竹のみ。のち〇三年にはダイエーが、史上初の一〇〇打点カルテットを記録した。

海の向こうでは、三六年のヤンキースが、152打点のルー・ゲーリックを筆頭に一〇〇打点が1シーズンに五人出ている。

一九五二年四月十日木曜夜NHKラジオで『君の名は』が、放送開始(五四年四月まで続く)された。まだテレビの登場前であり、放送が始まると風呂屋が空になった、というのは何の誇張もない話であろう。

その二年前の五〇年のことだったのである。プロ野球では、小鶴誠、岩本義行、大岡虎雄のクリンアップトリオで一二四本塁打、三九七打点(二〇〇二年日本一の読売、阿部慎之助、松井秀喜、高橋由伸で八五本、二三三打点、二〇〇三年日本一のダイエーの井口資仁、松中信彦、城島健司で九一本、三五一打点)の水爆打線といわれた破壊力により松竹ロビンスが優勝したのだ。もちろん映画会社の松竹がオーナーで、『君の名は』はこの「大松竹」が製作することになる。そしてこの特大のヒットにより、東銀座の松竹本社ビル(九八年には百七十億円で売却)が建つことになるのである。

その五〇年のパ・リーグの覇者「毎日オリオンズ」もまたミサイル打線と名をはせたが、その中心打者別当薫はパの打点王で一〇五打点。あまりにも低いというか平凡な打点である。一方、松竹のクリンナップトリオは和製ディマジオこと三番小鶴誠が一六一、四番岩本義行が一二七、五番大岡虎雄が一〇九と、いずれもがパの打点王・別当を上回り史上初の百打点トリオであった。日活が再開され、松竹の監督たちがドンドンと日活へ引き抜かれていった五四年を最後に、球団経営から身を引き、翌五五年から「大洋ホエールズ」に吸収される。現在の「横浜ベイスターズ」の前身である。

ところで、今岡と金本を合わせて、あの王貞治、長島茂雄コンビのもつ二四四打点を超えたことも話題になっている(現在二五三打点)。

しかしこれも、調べてみると以下の通りで、まだまだ上の記録がある。

1、50年松竹ロビンス水爆打線288(3番小鶴161、4番岩本127)。

2、49年阪神ダイナマイト打線268(4番藤村142、3番別当126)。

3,01年近鉄いてまえ打線263(4番中村132、3番ローズ131)。

4,05年阪神253(9/18日終了時点)(3番今岡137、4番金本116)。

同,50年巨人253(3番青田134、4番川上119)。

6、99年横浜マシンガン打線245(4番ローズ153、3番鈴木尚92)。

同、01年ダイエー・ダイハード打線245(4番小久保123、5番松中122)。

8、68年巨人244V9打線(4番長島125、3番王119)。

9、03年ダイエー242(4番松中123、5番城島119)。

同、85年阪神新ダイナマイト打線242(3番バース134、4番掛布108)。

チームのシーズン打点記録でいえば、50年松竹ロビンス(水爆打線)が1位で825打点(137試合)。2位は03年のダイエー・ホークスで794打点(140試合)、3位は80年の近鉄で764打点(130試合)、それらに比べると予想では七二〇打点(146試合)ぐらいで見劣りするが、それだけに今年の阪神の四番五番への比重の高さがうかがえる。

メジャーリーグでは、155打点以上となると、29回(15人)。160打点以上は、19回(11人)。現役選手では、99年マニー・ラミレス(当時インディアンズ)の165打点を筆頭にサミー・ソーサが2回(160と158打点)とホアン・ゴンザレス(157打点)の3人のみが155打点以上を記録。

一九三〇年にメジャー記録の191打点を打ち立てたハック・ウィルソンは、その年、当時のナ・リーグ記録となる56本塁打で二冠を獲得したが、翌年から下降線をたどり、野球殿堂入りは果たしたが、通算244HR(通産安打1461本)の中途半端な選手となって散っていった。酒が好きで、数々の暴れ方をして、ちょうど三〇年の九月二十五日よりロジャース・ホーンスビー(三冠王2度獲得の通産2930安打)が兼任監督となり、厳しい態度で迫られて、かつ三〇年の大活躍によって手にした金で、アルコール中毒への道まっしぐらとなり、三四年引退、四八年に洪水に巻き込まれ死亡したということだ。

1、小鶴誠(松竹50)161打点。

2、ローズ(横浜99)153打点。

3、藤村富美男(大阪50)146打点

4、今岡誠(阪神05*残り13試合)137打点。

5、西沢道夫(中日50)135打点。

6、バース(阪神85)青田昇(巨人50)134打点。

しかし今年の阪神の優勝に関しては、今岡の打点と赤星の盗塁を除いては、記録的には面白くない。ほかにはJFKとSHEの話題ぐらいしかない。なんにしても楽天が交流戦でも鍵をにぎっていて、今年のプロ野球を面白くしたことは確かである。一場が負け続けているのも、禊ぎをしているみたいでいい。

ちなみに、コンビでの本塁打記録も集計してみた。

1、01年近鉄101本(3番ローズ55本、4番中村46本)。

2、85年阪神94本(3番バース54本、4番掛布40本)。

3、50年松竹90本(3番小鶴51本、4番岩本39本)。

4、02年近鉄88本(3番ローズ46本、4番中村42本)。

同、02年西武88本(4番カブレラ55本、5番和田一浩33本)。

同、01年西武88本(4番カブレラ49本、5番マクレーン39本)。

同、68年巨人88本(3番王49本、4番長島39本)。

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2005年8月 3日 (水)

読売・上原浩治

広島13×―12巨人。

野球のことを書き始めると、毎日書いてしまいそうなので、なるべく抑えようと思っていたが、今どうにも「野球」とか「演歌」とか「ヤクザ映画」とか、動きの鈍いものが人気がないことについて、自覚的に整理しようと思った。

この試合、上原が先発である。彼は巨人のエースであるとともに、球界を代表するエースであると見る。「Nunmber」(文藝春秋)626号で、「80年代以降の最高の投手は誰だ」というコラムを小川勝が書いていて、ここでは「マネー・ボール理論(勝ち星や防御率といった自軍の得点力や守備力に影響されるものよりも、奪三振や飛長打率を重視した上での数値)」が紹介されている。これによると、現役最高投手はダントツで上原ということになり、オレも支持するというわけだ。

ところがこの上原、本試合前まで四連敗であり、いきなり初回に二本のHR(ホームラン)で援護されるも、なんと二回三分のゼロ、自責点8で降板する。

一体どういうことなのか。今年は、日ハムの小笠原道大もまた、不調の理由を野球生活の根源的な問いにおいて、ジタバタしており、見方によっては面白いプロ野球である。しかし、悩んでいる姿を毎試合見て楽しむという見方は、高度なテクニックというか、少々のマンネリを引き受ける諦めのような力も必要で、「動き」がない分だけ、訴える魅力としては乏しく、広がりは失っていくばかりだ。

13対12のノーガードの打ち合いといえば、なんだか面白そうだが、昨夏の甲子園決勝の13対10(済美-駒大苫小牧)とはまるで違った。まず選手たちのユニフォームが汚れていない。使った投手の数も15人(済美ー駒苫のほうは5人)で、嫌々ながら残業している出来の悪いサラリーマンたちのそれでもなく態を閉めている姿を見せられているようだ。

といっても、9時30分からはラジオで聞いているわけであり、想像しながらの物語だ。大阪に住んでいる頃は、サンテレビで阪神の試合は全試合、試合開始から試合後の監督インタビューまで放送してくれていたから、それに比べると、東京の巨人ファンの質(特にデータや選手への思い入れ)が極端に落ちるのも仕方が無いなと思っていた。

「Nunmber」632号で、野茂英雄に「甘い見通し」が書かれていた。“200勝おめでとう、周囲の心配をおよそに野茂は野茂”といった調子である。しかし野茂は雑誌発売直後に(予想通りの)乱調と解雇となる。その落差に対してオレは、またかよ、と怒りも笑いも無かったけれど、そこ(632号)にも上原が同じように「甘く」書かれていて、なおかつ昨日のこの結果であった。紙媒体ならば、「動き」に気をとられることの無い、本物の分析と意識を見せて欲しい。演歌で結構、ヤクザで結構、という開き直った凄みを見せて欲しい。

今、漫才やマジックを中心として、「お笑い」が第5次ブームといわれている。この特徴は、第4次までの(たとえツッパリ系であろうと)基本的には頭を使って、机の上でネタを考えて、引き出し一杯にして登場する「芸」に対して、明らかに「動き」そのもの(肉体の力や形)が勝負の人たちの割合が増えている。オリンピックメダリストなどと、筋肉番付でガチンコで争うワッキーなどは、全国優勝した市立船橋サッカー部の出身であり、「安田大サーカス」だの、何とかかんとか、その身体能力の高さに、そして頭脳ゲームへのこだわりの無さには目を見張る。「レギュラー」の「あるある探検隊」は、はっきり言ってネタとしては何にも面白くないけれど、その動きだけが子供たちにもまねが出来る仮面ライダーの変身シーンのように受け入れられていった。まだ人気が出る前から、たとえばアイドルの上戸彩が、音楽番組で「レギュラー」が好きと発言していたりして、それは、一体何が好きかといえば「動きが好き」というただそれだけのことであろう。でもそっちのほうが本質なのかもしれない。

昨日、野球の後、テレビを見ていたら「鶴の間」(日テレの深夜番組)にボビーが登場したが、つるべとのやり取りは、高度な勝負を見るようであった。つるべ(笑福亭鶴瓶)はいつもは手を抜いて相手に合わせながら見せ所を脱線しつつも、想定内に収めるのだが、ボビー(オスマン・サンコン以来のアフリカン・ハイソサエティー出身)とはガチンコであった。K-1にも出ているボビーは、やはりこれまでの「机の上で」という型から逸脱していて、口先が注目されていながら「体」の裏づけによる芸に見えた。

「徹子の部屋」にボビーが出た時は、珍しく黒柳徹子が激昂した。黒柳といえば、たとえば細木数子の「ズバリ言うわよ!」で「あなたの占いは当たらない」と言ってのける和田アキ子に対しても、得意の舌鋒(「黒柳さんがくれた靴はサイズが合わない」といった嫌味)に、巻き込まれたフリをしながらも冷静に対処をしていた。

そんな黒柳さえ、ボビーのいつも差別とシュールと怒りがない交ぜの発言に対して、「あなたがそういう態度に出るなら、私だって考えがあるのよ。いくらでもそれに応じた対処が出来るのよ」と脅し文句を聞かせたのだ。マジな顔つきになったボビーは、(機転が早いのか)ギャグを封印した。これは、黒柳もまた体を張った勝負であった。

今はもう、プロ野球とか、演歌とか、そして映画もまた、ダメである。

特に動きの無い中で、親子の情や兄弟分の契りなど人間の心情で見せるヤクザ映画などは、「濃い」演技に賭ける俳優が求められなくなっている以上は分が悪い。

『妖怪大戦争』には、菅原文太も近藤正臣も出ているけれど、なんのこっちゃ???という代物である。宮迫だの岡村だののお笑い系や、清志郎だの竹中だののチャカし系が、水を得た魚のように跳ね回っている。動いていれば、それでいいのか。

子供が、ものの動きを見て喜ぶように、なんだかわからぬ大騒ぎに身を任せていれば、それでいいのか。そういえば『デビルマン』にもボブ・サップが出ていたけど、ボビーももうすぐ、『妖怪大戦争』みたいな映画に登場してくるのだろう(「釣りバカ16」に出ていた)。

甲子園みたいに身を投じる美しさは(職業人としてのプロである以上)求められない代わりに、その凄みを見せ付けたいなら、上原の続投しかなかった。あの滴り落ちる汗でいい。それをこそ見たかった。

オレは、日本シリーズ最終戦で東映に延長で負けた前日に生まれて以来の『阪神』ファンであるから、今低迷している巨人について、あれこれ言いたい気持ちも無いのだが、上原の試合ぐらいはちゃんと見せてくれ。ヤクザ映画を見るように、演歌を聴くように、オレは上原を見たいだけなのだ。ボビーは、祖国ナイジェリアの現状を映したNHK「アフリカゼロ年」でも見て、グロテスクな「動き」をこそ、今のテレビに吹き込んでくれ。

オレはこの夏、動かない。

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