2005年8月29日 (月)

秋元康

秋元康が「びんぼー頭巾」(エース電研)というパチンコ台をプロデュースしたという。

新庄剛士の「HIS」のCMに、「夏決まり(夏木マリ)」のあと、「秋もっと安し(秋元康)」と登場していたから、鉄面皮でどこに登場してもおかしくはないが、清水アキラがタイヨーエレックという業界15位くらいの会社のパチンコ台プロデュース(といっても実質キャラクターになるというだけのものだ)で、どのくらいのギャラなの? と「スーパーテレビ」で質問されていたが、家が建つくらいだよ、とうれしそうに答えていた。

夏、秋ときて次は、「もっと冬、期待(モト冬木)」あたりかと、待ち構えているのではないかと思っていたら、モトは、今日の「ヘイ!ヘイ!ヘイ!」に哀川翔などと一緒にゲスト出演していて、「主演映画」の話をしていた。

語呂合わせで、上条恒彦と下條アトムが、掛け布団と敷布団のCMに二人で出ていた。石橋蓮司は、電子レンジのCMに出ていた。千葉真一はちば県知事選挙のCMに出ていた。

「よかケン佐賀県」というCMもあったが、あれだけ佐賀に貢献しているのだから、松雪泰子じゃなかった、はなわを、CMに出してもよかけん。

佐賀県はほかに、白竜がいる。五十歳を過ぎてはじめて主演映画『実録ヒットマン・北海の虎/望郷』を撮った誠直也もいる。ちょっと濃いね。同じ九州には大分県の竹内力、鹿児島県の哀川翔と、Ⅴシネマのダブル帝王が揃いぶみだ。

「ぱちんこウルトラセブン」で、京樂産業を業界4位から一気に1位へと押し上げた円谷プロは、その他においても、キャラクターでぼろもうけしていて、そのガードも固いようだ。『封印作品の謎』(太田出版)にも、たかが消された番組についての質問にもあまりに神経質な対応が記されている。(ウォルト・ディズニーのあの)ディズニーもまた、著作権とか肖像権にうるさい。(日本の)小学校のプールに子供たちが皆で描いたミッキーマウスの絵を、ディズニーの調査員か何かに見つけられ、泣く泣く消したという話や、都内にあったピンクサロンの「ディズニー」が点を削除して「ティスニー」に替えさせられたりと笑い話みたいなものもある。

かくいう「Ⅴシネマ」も東映の登録商標だといって、東映以外の作品については、みな「Ⅴオリジナル」だの、「ビデオ映画」だの、気を遣ったりしながら的外れな使い方をするのだが、「Vオリジナル」という言い方では、ゴルフのレッスンビデオでも、鉄道ビデオでも、なんでも良いわけで、それでは、いわゆる映画に対抗して作った「映画」という意味が薄れてしまうのだ。はじめから東映以外でも「Vシネ」「Vシネ」とスタッフもキャストもみな使っていて、実際オレが「Vシネマ魂」を出す時も東映の下っ端の社員からは何度もクレームを付けられたが、本家本元の何人かに直接会って、了承を取っている。しかしオーストリアの裁判で、SONYが、「ウォークマン」はソニーの登録商標であるから、同様の機器に対してその語を使用するなという主張は負けている。ほかにも、一般化した語は山のようにある。

北海道では、絆創膏のことを「サビオ」というが、これの場合は珍しい。鳥の唐揚げを「ザンギ」というくらいに、定着してしまったのであろう。

「サビオ」は全国的には売れている絆創膏のメーカーではない。

九州では、(北海道で言う)ズリ山(炭坑の不燃廃棄物の山)のことをボタ山という。

北海道ならではの語を以下列挙して今日は終わる。

アオタン(青アザ)あまし(仲間はずれ)おんじ、オンチャ(弟)*めんじ、メンチャ(妹)がす(霧)がんがん(醤油の一斗缶)がっちゃき(痔)がらっぱち(不良、素性の悪い奴)きぞん(既存開拓農家)げっぱ、げれっぱ、げれ(最下位。ビリ)ぜんこ。じぇんこ(小銭、またはお金)たくらんけ。たくらんき(はんかくさい奴、ばか者)たんぐつ(長靴でない普通のくつ)出面さん。出面取り(農家の繁忙期の手伝い)デレキ(薪や石炭ストーブをかき回す棒)*ダメな奴のこともデレキと言う。

内地(本州のこと)パッチ(めんこ)へちゃむくれ(おかめ顔)へら(しゃもじ)べろすけ(ぜんぶ、すべて)ぼっこ(棒)まかない(身支度、用意)めっぱ(ものもらい)めんこめんこ(かわいいかわいい)やんしゅ(漁師)雪はね(雪かき)りゅうぼく(立木)

アイヌねぎ(ぎょうじゃにんにく)味瓜(まくわうり)おつゆ(味噌汁)おやき(今川焼)とうきび(とうもろこし)すいみつ(桃)南蛮(唐辛子)ネットメロン(マスクメロン)番茶(ほうじ茶のこと)ぶたじる(豚汁をこう言う)アッケシ草(サンゴ草)

オンコ(イチイ、アララギ)の木、リラ(ライラック)レブンウスユキソウ(エーデルワイス)秋アジ、シャケ、ギンケ、トキシラズ、メジカ(サケ)

ハナマガリ、ホッチャレ、ネコマタギ(まずいサケ)

ウグイ(アカハラ)オショロコマ(ニジマス)オロロン鳥、ロッペン鳥(ウミガラス)

カスベ(えい)ガヤ(エゾメバル)ゴッコ(ホテイウオ)ごめ(かもめ)しょうず(あずき)スルメイカ(マイカ)ズワイガニ(北陸の越前ガニ、山陰の松葉ガニと同じ)チップ(ヒメマス)テツクイ(カレイ)トッカリ(あざらし)ハゴトコ(スジアイナメ)ハモ(アナゴ)馬鈴薯(じゃがいも)べご(牛)メンメ(きんき)

生まれた頃のウチの前は、砂利道ですらなく、土であった。どこからどこまでが歩道とか、車とか、馬とかいった区別もなく、馬がウンコを垂れながら家の前をのんびりと毎日何十頭も歩いていた。チョッチョッといって馬を歩かせ、バイキ、バイキといて後ずさりさせていた。なんでみなバイキといっていたのかわからないが、たぶん開拓時代にアメリカ人が「バック」といっていたのを聞いてなまってそうなったのであろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月12日 (金)

アーシュラ・アンドレス

いよいよ駒大苫小牧が登場した。相手は聖心ウルスラ学院。

この「ウルスラ」で思い浮かぶのが、ウルスラ・アンドレスだ。シャラポワを髣髴とさせる当時の日本では絶対にお目にかかれない健康的な「いかにも」という美女だ。もともとはアーシュラ・アンドレスとして覚えていた。いや、実際ずっと日本では、そういうクレジットだった。だから、いつからかウルスラとなって、未だに違和感を禁じえない。オレにとっては「アーシュラ」なのである。

三船敏郎とアラン・ドロン、チャールズ・ブロンソンのビッグ3が対決するという『レッド・サン』という超国際大作があり、3人とも「世界の」と冠が付くスターであったが、特に日本での人気と知名度が抜群の3人であったから、異常すぎるほどの大作のイメージが、繰り返しテレビ(民放)に登場することでオレにとってはある。その中に紅一点、登場するのが、かつての栄光のボンド・ガール、アーシュラ・アンドレスであった。

アーシュラ・アンドレスは、初代ボンドガールだ。つまり007シリーズの第1作『007は殺しの番号』のヒロインである。これが『007・ドクター・ノオ』というタイトルに変更されてリバイバルした時も「アーシュラ」のままであった。「ドクター・ノオ」と言うのが原題である。意味は「ノオ博士」なのだが、最初の翻訳は、「医者は要らない」となっていた、という話は、横田順彌(SF作家)か都筑道夫(ミステリ評論など)の本で読んだ記憶がある。007シリーズの原作での第1作は、「カジノロワイヤル」で、「ドクター・ノオ」は6作目である。

ところで、ジェームズ・ボンドの初代は誰なのか知っているであろうか? ショーン・コネリー? ぶー。54年のイギリスのテレビドラマ「クライマックス」にバリー・ネルスンという俳優がボンド役で初登場した、というくだらない知識だけは持っている。20年以上前に読んでいた雑誌「ダ・カーポ」(今も続いているらしい)にそう書いてあった。

007の第2作は、リバイバルでは『ロシアより愛を込めて』であるが、最初は『007危機一発』というタイトルであった。この「発」の字はわざと間違えたのかはわからない。実際は「危機一髪」である。この影響で、映画の世界だけなのかも知れぬが、ブルース・リーの有名な映画もまた『ドラゴン危機一発』である。

「アーシュラ」が「ウルスラ」に変わるごとく、いつの間にか表記が変わっている俳優がいる。アル・パシーノやマイケル・シミノは、それぞれアル・パチーノ、マイケル・チミノになっているし、スタンリー・カブリックは、スタンリー・キューブリックに。ロナルド・リーガンは、レーガンとなった。最初はリーガン大統領だったはずだ。アン・ヘッチは、アン・ヘッシュに。シシー・スパセックは、シシー・スペイセクに。ロイ・シェイダーが、ロイ・シャイダーに。エイゼンシュタインもエイゼンシュテインとなっている。

オレは糖尿病だけれど、体内でその出方が問題なインシュリンを、最近は「インスリン」と発音する人が多い。何か気取っているようで、イヤだ。ヒエラルキーを、ヒエラルヒーといってみたり、ただでさえ混乱しているのに、余計にわかんないじゃないか。

ウォーレン・ベイティは、はじめ「ビューティー」の表記で、オレもずっとウォーレン・ビューティーで記憶していたが、いつの間にか「ビーティー」になっていて、本人が『バグジー』公開の宣伝プロモで来日した時に、発音がおかしいからといって、「ベイティ」に直させたという話を宣伝の人から聞いた。

ブルース・ウィルスは、ウィルスを連想させるということで、ウィリスになったのではなかったか。バリー・ボンズに抜かれるまでシーズン最多本塁打記録のマーク・マグワイアは、はじめマーク・マクガイアと放送していた。多分マグワイアでは、「まぐわい」を連想させるから、そう放送していたのではないか。とすれば、プロレスのマクガイア・ブラザースも怪しい。

その昔、ツェッペリン、パープルと並ぶ三大ハードロックバンドといわれたこともある「ブラックサバス」というバンドは、「部落差別」を連想させるということで放送禁止になった、という話も渋谷陽一か誰かのラジオで聞いた記憶がある。

シャラポワよりも前に、ヒンギスを破って旋風を巻き起こしたエレナ・ドキッチもテレビの中継で最初はドキックと発音していたから、オレはすっかりドキックと覚えていたら、いつの間にかその大会中にドキッチになっていた。

もっとも、オレも思い込みが激しいから、ジャック・パランスを「バランス」と、ジェームズ・キャグニーを「ギャグニー」と、メリル・ストリープを「ストリーブ」と、ずっと勘違いしていた。ほかにも『華麗なるギャツビー』も映画を見るまでは「ギャッピー」だと思っていた。チャーリー・バーカー(パーカーが正しい)、ショーン・ベン(ペンが正しい)、数え切れない。

バリー・マニロウは、アナウンサーでも「バニー・マニロウ」と間違っていたけど、こういうのは何故かオレはしっかり間違えることはなく、他人が間違えるのを非常に気にしていた。マイケル・J・フォックスの「J」とは一体何か。本名はマイケル・アンドリュー・フォックスである。そういうことは気になって仕方がなかった。Jガイルズ・バンド(のち「ガイルズ」)のJはジョニー、C・トーマス・ハウエルのCはクリス、ジョージ・C・スコットのCはキャンベル。H・G・ウェルズ、D・H・ロレンス、きりがない。

話を戻そう。聖心ウルスラに勝った駒大苫小牧であるが、エースの松橋は、センバツ同様に危なっかしい。ストレートはこの日も最速146キロを記録し、相変わらず速いものの、高めに浮いて、殆ど「ボール」である。相手がたまたま甲子園初出場の気負いもあって、どんどんと振ってくれたが、以後はそうも行かない。

鉄腕といわれた(スタルヒンと並ぶ)シーズン42勝の記録を持つ稲尾和久投手は、伝家の宝刀スライダーを駆使した投手であった。「稲尾といえばスライダー」。それは定説であった。しかし球界を代表する捕手の野村克也は見抜いていた。ウソをつくな。お前の勝負球はシュートじゃないか! 確かにスライダーはいい。しかしシュートを生かすためのものじゃないか!! 

実際、稲尾は、「自分の決め球は、スライダー」というイメージを、マスコミを使ってわざと意識させていた。シュートこそが最も自信のある決め球であった。オールスター戦で、捕手を務めるのは野村である。同じリーグであるからしょうがない。稲尾は、「スライダーの秘密」を知られまいとして、わざとサイン間違いをして投げたりしながら必死であり、相手が鳴り物入りルーキーの長島茂雄であっても、その初対戦のことを、(野村克也との狸合戦でもって)覚えていないという。それほどに腹の探りあいで気持ちが奪われていたと言うのだ。

スーパーフライ級を8度防衛し、日本のボクサーとしては、具志堅用高、勇利・アルバチャコフに次ぐ世界チャンピオンの防衛記録を持つ徳山昌守もまた、得意のパンチは、見た目には隠れていた。勝った試合で最後に決まっているのは、右ストレートであり、誰もがそのパンチを恐れていた。しかし徳山は言う。「左ジャブがあるから、右ストレートで倒せる」と。得意のパンチは左ジャブであり、右ストレートを打つための左ジャブを常に打つことが重点である、と。

駒大苫小牧の松橋拓也よ。いくら速くても、直球だけでは危険だ。大阪桐蔭の辻内は155キロというではないか。140キロ超は珍しくない。今の高校生はバッティングマシーンでの練習でもって、速さには着いてイケる。それに松橋の直球は、低めに決まらないではないか。決まったにしても、単調では狙われる。世界記録となった奪三振王の江夏豊も、カーブを覚えたシーズンに達成した。直球だけ勝負していては、プロでは通用しなかったのだ。

カーブ、スライダー、とにかく変化球を混ぜることで、速球を生かさねばならぬ。遅い球を見せて、変化をつけることで、初めて生きるのだ。

次の相手は、日本航空だ。試合を見ていて、福井商のほうが、嫌な相手だと思っていたから、少し勝てる気がするが、油断は出来ない。勢いで勝ってきたチームは、高めのボール球にも多少は手を出すだろうけれど、そんな相手任せで、試合をしていてはその先を望むことは無理だろう。アーシュラ・アンドレスからウルスラ・アンドレスとなって歴史に名を残したように、松橋もまた、新生・松橋をこの甲子園で見せてくれ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月 2日 (火)

さくらと一郎

今日は、ちょっと言葉について書きたい。

(昨日の予告でアフリカ問題について書くとあるが、またにします)

昨日の朝日新聞「読書欄」を読んでいたら、亀和田武のコラム記事に、「表参道駅のキオスク」という表記が見られた。

細かいことを書くが、駅の売店には、JR(旧・国鉄)系と、その他との二種類がある。国鉄の売店である「鉄道弘済会売店」がKIOSKと書いて「キヨスク」と読ませる愛称の売店に変わったのが、七三年である。トルコ語で「あずまや」を意味し、「清く」「気安く」の意味をも込めて「キヨスク」とした。

表参道駅は地下鉄駅のため、キヨスクではない。まして「キオスク」でもない。

どうしてこんなことを書くかというと、「キヨスク」という名の由来について一応は鉄道ファンなのでオレは知っていたのであるが、最初の本を出した時に、編集者に勝手に「キオスク」と変えられていた。どうして著者に断りもなくそういうことをするのか、読者は変に思うかもしれないが、これはよくあることなのである(大家の場合はそんなことは無いはずだが、チンピラ作家はそうなのだ)。

ついでに、その本で大きなミスだったのが、「群翔」という会社の表記を、これまた「群小」に書き換えられた。いつの間にか群小ビデオとなって意味までが変わってしまった。

群翔は、暴走族ビデオの総本山であり、今となっては貴重な宝庫でもあり、数少ない記録のひとつであろうその表記が、間違っているのは自分が書いた本である以上、気分がやりきれない。チェックを入れているのか?? と思う人がいるだろうが、いくらチェックを入れても最後にまた直すわけで、その直しは印刷の人が間違って直した場合もある。

北海道についての本であるために、こんなことも知らずに書いているのかと思われると、非常にみっともないわけであり、しかも、その表記は冒頭に出てきてしまう。「市」か「町」かはちょっと調べればわかるはずなのに、調べずに書き足す。友人の名前さえも書き換えられた。ちょっとでも手を加えないことには、編集者は仕事をした気になれないのだ、という人もいる。それが良い編集者の場合は、とてもよい結果を生み、そうでない場合は、いくらでも変なことが起きる。

その編集者が次に編集した本をみたら、なんと(あとがきにある)著者名が間違っていた。著者が自分で自分の名を間違うはずもなく、また、やっているのだな、と思った。

ある編集者は、「編集者というものは、自分が書けないものだから、書く人間に対して嫉妬の塊であり、自分も含めて、ロクなものじゃあないですよ」といっていたが、こうやって、つまらぬ事情を書いている以上は、書く人間もまたろくでもないといえそうだ。

笑う(というより涙まじりである)のは、映画の本で、映画ファンなら誰でも知っている名匠デビッド・リーンをデビッド・リンチと表記されていたことだ。これはもうその編集者の思い込みで書かれてしまったものであろうが、目を通すも何もオレは知らなかった。自分で何か表現したいのか、或いは主張したいのか、「プロジェクトX」の説明を自分で書いてきていた。見ると<「おとーさん」たちが喜ぶ高度経済成長ニッポンの懐古趣味番組>とあり、別にオレはそんな風に茶化したり揶揄する気持ちは全く持っていなかったので、ゲラの段階で急いで書き換えた。それでも直らないものもあった。「女賭博師」という映画のシリーズがあり、(オレは何しろ追いかけて全作品を見ているほどのファンなのだが)、全部で<五本>と書かれた。ビックリして(実際の本数の)<十七本>とゲラの段階で書き換えたのだが、なぜか五本のままだった。いったい五という数字はどこから持ってきたのであろうか。未だになぞである。

キヨスク以外にも、オレは会社名の由来などは気になるわけであり、あるとき、DHCという会社に電話して社名の意味を聞いたのだ。担当者に代わりますといって、出た男(担当者ということなのか)は、「アルファベットの中から語呂のいい三つを選んで並べて社名にしたんですよ」といっていた。しかし、のち「大学翻訳センター」の略で、それが化粧品メーカーとなったという情報を得た。NECが、かつて「日電」といわれていた日本電気株式会社だったのに似ている。後者のほうが確度が高いではないか。アルファベット説がウソだとしたら、あの社員は一体何者なのか。

昔「電器店」の社員に友人がいて、「ブルジストン」が石橋で、「チノン」が茅野で、「サントリー」が鳥井で云々、と社名オタクぶりをよく聞かされていた。「ソニー」の社名について、佐々木さんと、小川さんだか、とにかく四人の頭文字を取ってSONYとした、という話もついでに聞かされ信じていたが、実際は、SONNY(「坊や」を意味する英語)のNを取って発音しやすくしたものだ、という記事をどこかで見た。これについて随分と調べて、まあそうだという確証を得た。全く口からでまかせもはなはだしい奴がいる。

しかし結構な物知りでも、「二十一世紀の元年は二〇〇〇年」だとか、映画ファンのくせに「日本侠客(きょうかく)伝」を<きょうきゃく>と読んでいたり(柿をよく食うのは「きゃく」だが、剣客、刺客、論客、旅客、客死、いずれも「かく」である)、いつまで経ってもシミュレーションをシュミレーションといっていたり、珍しいことではない。オレも三十歳をすぎるまで、「がんばる」という字を漢字で「願張る」と書き続けてきた。「頑張る」という字は当て字だとばかり思ってきた。だから編集者のほうも、わざとオレが「願望を込めて」その「願張る」を使っているのだと思っていたそうで、指摘されてビックリした。

今でも何か間違いを指摘されやしないかとヒヤヒヤもするが、そんなに自分が知っているはずもないと、この年齢になると、驚くこともなくなった。

ほかに、ゲラの段階でよく問題になったのが、「味わわせる」である。

「味わう」の変形だから「味あわせる」は間違いで、「味わわせる」が正解だと、これはもう夏目漱石も太宰治も芥川龍之介も谷崎もそういう表記があったというのは、一応確かめはした。がしかし、去年、国語学者の金田一京助の本を見ていたら、「味わせる」とあり、どうやらこれが本当の使い方ではないかと、今は思っている。しかし「味わわせる」が流通してしまったため、金田一だけを根拠にそう書いても、間違いだと思われるだけのようだ。だからオレも「味わわせる」と書いている。

あとオレの本で、「けっして」を「けして」に変更されているのだが、この「けして」という表現は江戸っ子の表現ではなかろうか、と思うのである。オレがそれを使うことはありえないのだが、いくら直しても、残ってしまった箇所がある。気になるのである。

「下手を売る」という表現を、映画のなかでも「下手を打つ」といっている俳優が多い。「下手うったらあかん」という限りにおいては、「売る」なのか「打つ」なのか判別がつきにくいが、大阪に住んでいた経験から言って、オレは特におっさん連中からは、「打つ」という言い方は一回も聞いたことが無い。しかし「打つ」と使われると、なんだか映画全体がだめに思えてくる。宮崎学の本では「売る」となっている。

ほかに、最近まで新聞の番組欄の「長澤まさみ」が「長沢」となっていたが、やっと正規の表現になった。こういうのも気になるのである。編集者は大島渚の「渚」の文字に点が入っていないのが気になるという。ワードでは出ない文字も沢山ある。

日本映画データベースでは、清水健太郎と清水宏次朗の作品履歴がごっちゃになっている。「清水寺(きよみずでら)」という京都の名刹があるが、そこの舞台は(高度が)高いことで有名だ。飛び降り自殺者も多い。そこで「思い切ってやる」ことを「清水の舞台から飛び降りる」と表現するが、これを「しみず」の舞台といつも言っている奴がいて、麻薬でもやるのかと思ってしまう。あと「ブームメント」を起こすとか(これではいつまで経ってもブームも来やしない)、凋落を「しゅうらく」と読んでいたり(チョウ・ユンファのチョウは周と読める人なら読めるだろうけど)、「二兎を追うものは一兎をも得ず」を「二頭を追うものは一頭をも得ず」と書いていて(なんだ、いつも「一頭」と言っていたのか)、こういう話を書くと、いくらでもあるのだが、最近は「間違いやすい日本語」とか何とか、その手の本がブームであるから、まあ、この辺でやめよう。

しかし、「キオスク」から脱線したが、言葉を相手にしている以上、気になることは結構ある。最後に、読んでくれた人には質問をひとつ。

「幽霊の正体見たり、枯れ尾花」を「おばな」と読んでいたのだけれど、編集者は「ススキ」だと言ってきかず、そうルビを振られたことがある。「昭和枯れすゝき」じゃあるまいし、「かれおばな」でいいんじゃないでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)