2006年8月12日 (土)

駒大の相手が決まる。

駒大の相手となった青森山田は手強そうだ。

柳田を中心とする去年の豪快な一方でもろい青森山田が、一転して2002年の、山田主将(セカンドで3番)を中心とした手堅いチームとを併せ持つ、しぶといチームに変貌したようだ。

3人がHRを打ったことで警戒するバッターが増えてしまった。

負けた延岡のエースは、静岡商のエースに告いで身長が低かったが、迫力に押されてしまった。

第2試合は、今大会もっとも面白い試合ではなかったか。

優勝経験チーム同士だ。

佐賀商は、同じ九州の名門校・樟南との決勝に激しい打ち合いで最後は9回満塁ホームランを打って決着。

桐生第一は、基本的には正田を中心とした、きっちりとした守りのチームで、制した。

試合前の予想が、両チームの監督共に、「5点以上は取られるだろう」

だがしかし、佐賀商のほうは、「5点以上は取られるだろうが、打ち勝ちたい」

桐生第一は、「5点以上は取られるだろうが、守り勝ちたい」

しかしりょうチームのエースとも球速が足りない。どうしても打ち合いは裂けられないと思った。

ところが、佐賀の大隈は、軟投派の横手投げで、なかなか打ち崩せない。

もし守りきろう何て考えているなら、桐生は負けるだろう。

打ち勝たなければならない。今の高校野球は、守りが正確なのは当たり前で、その上での豪快な切れ目のない打線が必要なのだ。守り勝つ野球などない。

地区大会から2年生を5~6人ほど先発に混ぜて、うまく戦ってきているが、確実に打たねばならない場面は来る。

そこでは、経験と安定した位置を打ってこその打力の怖さがなければ、そうは打てない。

このチームは逸材が多いだけに、そこそこの得点を取って、守り勝とうとしている。

それでは駄目だ。

その予想にまんまとハマっていった。

しかし、オレは必ず逆転機が来ると思った。

全員が打てる打者ではないが、4・5・6番と、この部分だけは切れ目がなく強力な打者が揃っている。明らかに、この3人は怖い。

そしてその場面は来た。

3点を追う八回裏、2死夢想者から、この三人で1点を返し、なお2死2・3塁。

もうこまがいない。そう思った。

しかし何とか次打者は、地区大会.111しかない打率でも、四球を選ぶ。

佐賀商は、この打者を切るしかなかったのだ。それはそうは難しくはなかった。

一瞬のエアポケットだ。

バカだね。

次は、途中から投げているリリーフ投手・鹿沼だ。打数は少ないが地区大会で、5打数4安打うち2塁打1本。

打率にすると八割だ。

監督は、代打も考えたというが、そいつはおかしい。

案外、この古だぬき監督、「守り勝つ」という言葉も怪しいかもしれない。

鹿沼は、走者一掃の2ベースで、桐生はついに逆転した。

第3試合の甲府工業は、いいチームだった。いい上に、面白いチームだった。

2年生エースの石合は、130キロそこそこの球速で、このチームも、とにかく打ち勝つしかない。6割を超える打率で四番を打ち、長打力もある。

ダークホースが6番にいる。地区大会ではなった6安打は、全て長打だ。今大会の打者中、3位タイの3ホームランと2塁打が3本だ。そしてこの試合でもフェンスに当たる2塁打をやはり放っている。

この2人の打者にどう繋ぐかが勝負だった。

四番・石合は、エースとしては予想通り点を取られたが、想定内である。

しかし攻めが遅い。5回裏2死1・3塁で打者は、3番青木。

-2の後の高いボール球を簡単に打ち上げてのセンターフライだ。

何を考えているのだ。4番がいるではないか。石合は、1・2打席ともライトとレフトに大きくて豪快な当たりを飛ばしていた。

その3打席目にどうしても生き残って繋ぐしかない。自分が決めようなんて、ちょっとまずい流れの野球である。

そしてちぐはぐなまま迎えた9階、ついに追い詰める。1死満塁。ここでまた3番だが、見逃し三振でも、四番に回る。あわよくば6番にまで行く。そうなると、甲府の寄切り勝ちとなるであろう。

ところがだ。セカンドゴロゲッツーで試合終了。

いう事なし。

キャプテンの色紙には「俺がやってやる」と、高校球児に高野連が求める言葉らしくない妙な言葉で、実際荒っぽい攻めで、しかし、それは台風の目になりつつあった。

このチームをもっと見たかった。

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2006年8月11日 (金)

先発投手の怪

俳優さんを抜擢するプロデューサーや監督というのは、一体何を決めてとするのだろう。

演技力なのか、好き嫌いなのか、所属事務所の力なのか、はたまた得体の知れぬ力が作用して、結局誰の目にも不可解なキャスティングがされたことも数限りなくあるだろう。

毎回インタビューしながら、使われる身、待つ身(物書きとしての自分もまたそうなのだが)のはかなさよ、と、つい考えていた。

実は、今日の三重高の試合を見ながら、そう思ったのである。

読売の監督・原辰徳もまた、好き嫌いが激しいようである。

仁志敏久という選手は、それほどにオレの好の選手ではないけれども、しかし、ここ数年の高校球児にとって絶大な人気がある事は、原監督もあまり知らないであろう。

かつてなら広島商、そして池田、PL、近年の日大三、智弁和歌山といったパワー野球の中に、一花咲かせた常総学院野球は、そしてそのなかでも仁志敏久は、その後の球児たち確実に憧れの的として刻印されている。

そのことには、タイガースファンであるオレも、敬意を表している。

彼が起用されないのには、他の理由もあるのかも知れぬが、しかし最大の理由は、原という男の好き嫌いであろう。

岡田にワールドカップメンバーから外されたキング・カズ。

大して引きのカメラ(ロングショット)で見る力もない奴に、一つ二つの一面の真実を使って的外れな寄りのカメラ(クローズアップ)でもって、全体像を隠されてしまうような後味の悪さ。

映画は(たちえ行き過ぎでも)個性の表現力が作用するからまだしも、スポーツの場合は、特に、団体ゲームでは、くだらない指揮官の個性(『ドラえもん』のジャイアンの歌う歌)は、ただただ迷惑である。

唐突だが、そしてあまり言いたくもないのだが、オレはなぜか嫌いな部類というものがある。苦手といってもいい。

それはカズを外した岡田にもいえることであるが、駄目なのである。

あまりにも当たり前すぎるから、みな言わないけれど、大雑把に言うと、頭を使う仕事の人のほうが、眼鏡をかけている人が多い。

幸か不幸か、オレも何故かものを書く仕事であり、新聞、雑誌などの出版社、(現場でないほうの)映画関係、みな眼鏡が多い。

オレはかけていない。

だからいいたくないのだけれど、眼鏡をかけている人が、どうも・・・。

もともと子供心に印象としてあるのは、学校の先生である。父も親戚のおじさん連中もみな眼鏡をかけていないが、一人だけ親戚一同でかけている人がいた。

その人は税務署に勤めていて、父の妹の夫であった。親戚みなが集まって、賭け事(花札やマージャン)を、それこそ年末には札束ごと賭けるような荒々しさでやっている中に加わる事はなく、うらなり眼鏡を恨めしそうに磨いていたのを今でも思い出す。

むしろ立派な人なのであるが、オレの家系においては、マイナスイメージが出来上がっていた。

今、トラック雑誌の連載をしているが、時々トラッカーさんのグループ(団体)の集会に、とびいりで参加させてもらうことがあるが、みな眼鏡を掛けていない。掛けているのは、やはりそのなかでもインテリタイプである。

眼鏡をかけて痩せている人が、どうにも嫌いである。

あと、テレビゲーム(ビデオゲーム)やパチンコが下手な人(出来ない人はもっと嫌い)が嫌いだ。

さらに言えば、車の運転が下手な人(出来ない人はもっと嫌い)が嫌いだ。

ある偉そうな脚本家が、「映画はバカにまで観てもらうものではない」というのを聞いたことがある。いや、実を言えば、毎度そういっている。うらなり眼鏡を掛けて痩せている。

お客さんが「分からない」というものを残すのがエンタティンメントなのだ。バカにもわかるというものがエンタティンメントではない、と。

随分と高みからものを言っていると思うのだが、こちらも、こちらの高みからものを言うと、こいつは自動車を運転もしないし、たぶんパチンコも下手であろう。

頭がいい、なんてのは、逆に言えば、眼が悪くて、眼鏡使用(カネもかかるし、煩わしい)というハンディも負う。

「バカには見て欲しくない」なんて意見は、「眼鏡の方はお断り」というのと何ら変わりない。

まあ、そんなことを考えた。

そして、この眼鏡が大手を振って通用している世界では、オレは読売における仁志敏久の状態になるのは仕方ない。

さて、もう1つ、逆にオレが気に入られる世界がある。任侠のほうだ。風貌が、眼鏡ではなくキャデラックだから、仕方がないのかも知れぬ。

昔、東映大泉撮影所の照明さんで、「キャデさん」というアダ名の人がいたらしい。理由は、木偶の坊というか、ウドの大木というか、そういうことらしい。

よく言うよ。偉そうに。

それで、ヤクザ映画を精力的に製作している会社に取材に言ったことがあった。

そこの女社長が、ゆでたてのゆで卵を山のように、それも大きなサイズのものを、もってきた。

なんでまた???
非常に違和感が合ったが、何故かピンときた。

その時、俳優さんもいたし、脚本家さんもいた。

オレも、うまいうまい、と手いっぱいたいらげて、全部があっという間になくなった。

ナンだったのだ。儀式かよ??

世間口組みの5代目組長渡辺芳則は、その前は山健組の2代目組長である。

山本健一率いる山健組は、山本健一はじめ、ほとんどみな圭佐チュに引っ張られて、残ったのが、組ナンバー2に当たる男と、渡辺であった。山本健一の妻で、むしろ山健組の影のボスとさえ言われて恐れられた(組の幹部の妻連中を集めて夫の操縦法を伝授していたという)は、その時、ゆで卵をナンバー2に食べさせたという。その時の食べっぷりが悪かった。「アカン、こいつでは組は任せられん」という事で渡辺に白羽の矢が立ったという事を、オレは少しダブらせていた。

いや、東映の映画『制覇』とか『日本の首領』やVシネマ『実録・史上最大の抗争』でも、似たようなシーンがある。

それによって抜擢される。

インテリ眼鏡はたぶん、こういう場面において、卵を半分で残したりするだろう。

映画を分からないのがバカなら、気持ちを分からないのがインテリだ。

まあ、それもいいとして、今日の第1試合の146キロ投手三重の梅村は、2番手でよかったのではないか。2番手に出てきた岸江こそが先発向きの、試合を作るタイプではなかったか。

40・1/3イニングで59奪三振という怪物である。

奪三振率は9イニングで幾つの三振を奪うかを表す数字で、40・1/3を9イニングに直せばいいわけだ。つまり59個に9をかけて、40・1/3でわる。それを分かりやすくするには、40・1/3を3倍すると整数(121)になるから、わられるほう(59×9)も3倍する。59×9×3÷121という事で、計算すると、13・17だ。

ところで今大会注目の田中(駒大苫小牧)は、第3試合に日米16球団のスカウトが押し寄せたというが、彼の地方大会での奪三振率は、13・23だ。

それに匹敵する梅村は、当然に田中同様、関東を目指しての大エースであろう。

しかしだ。このチームは、駒大と違って岸江がいる。

梅村は、古い時代のエースに見えた。

かつて四番でエースの大黒柱が中心だった高校野球は、役割分担が進んで、70年代に入ってからは、打力に重きを置かない大エースが登場する。江川卓も、非力なチーム(作新学院)では3番を打っていたけれど、そしてバッティングセンスも非凡ではあったけれど、決して打つイメージはなかった。ところが、70年代後半から古きよき荒木大輔(早実)に対し、投げても打ってもの愛甲猛(横浜)や金村義明(報徳学園)が襲い掛かる。

またしてもエースで四番の時代だ。

2004年、駒大と優勝を争った済美のエース福井も9番では会ったが、もっとも怖いバッターの一人であった。全員が打つのが今の野球だ。

この梅村、バッティング練習をしているのか?

畠山、水野の池田高校、桑田のPLは清原も更新のマウンドに立った。福留も四番で投げた。今大会の堂上(名電)も中田(大阪桐蔭)も投げる。八重山の金城もそうだ。田中(駒大)も長打力がある。如水館の四番エース山根は、中田に次ぐ地方大会四本塁打の十三打点だ。

この山根を含め、エースで四番は、2年生エースの甲府工と松代(長野)の3校しかないが、投手が下位打線を売っていても、決しておざなりではない。形として負担を軽減するために下を打っているだけであり、本物の下位(安全パイ)となっているわけではない。

三重の中田監督は、「野球は投手がすべて」といっているが、それはピッチングだけではない。今は投手も打つ選手でなければならないのだ。

そしてこういう選手がいると、攻めがギクシャクして荒くなる。

四回表ホームランの後3安打が出るも、結局は1点しかとれない。

選球眼や揺さぶりがないから恐くないそれもこれも、エース中心でマも行き労という姿勢が、試合構成を台無しにしている。

なぜ、岸江の先発で行かないものか。

梅村は、熊本工の打線の恐ろしさでもって、結局は制球力を崩し、立ち上がりのペースをつかめない。また熊工の球を見る力が秀でている事も確かであった。

最後は15安打の三重を、5安打の熊工が、6-4のスコアで押し切った。

今日の3試合は、全部このパターンで、総合力の上回るチームが、よりきりで勝った。

昨日の第1試合で強打の智弁和歌山がスモールボールで勝ち、静岡商の高校野球らしい9犠打で、明らかにダ激戦が改称されてきたように見えるが、実際は、140キロを超えるスピードの好投手をそうそう打てるわけでもない。

それでも、天理と本荘が行なった第2試合は、両チームの監督共に「ロースコア(点数の少ない試合)になるだろう」といっていたのに、両チームとも甘い球は打ちまくる。

ここでも本荘の先発(ムードメーカーみたいな男)が気になった。この男(高橋)は2番手でいいのではないか。

2番手で出てきた141キロを投げる伊藤卓の方が、気分に流されずに、先発にはいいと思った。

先発の高橋は、はっきり言って駄目だ。

よくボクサーで余裕も無いのに、ある振りをして顔を前に突き出してみたり、手を広げて相手を挑発したりする選手がいるが、逆に自分の苦しさを誤魔化そうとしている場合が多い。

この日の高橋の笑顔はまさにそれに良く似ていた。自身の無さの現われでもあった。

、0-2とリードされて、無死1・2塁で、ボールカウント、ノースリーとなったところで歯を見せて次のボールが外れストレートの四球。

アナウンサーも「笑顔は見せていますが・・・」

そして4番藤原に走者一掃の3塁打(記録は2塁打と転送の間の進塁)を打たれ、直後の初球を5番高橋に本塁打される。さらに次の6番森本に三遊間を破られ、この回1死も取れずに降板。しかしライトに回ってやはり笑顔。

こいつはアホか。

本荘・尾留川監督のモットーは、「礼儀正しく爽やかにプレーを」という事だが、あの笑顔は一体なんだ。

結局は天理を2点差まで追い詰めるも5-7で負ける。

第3試合の南陽工も、田中のボールダマに手を出しすぎだ。

随所にいいチームである事が分かるプレー(というより積極性)があるのだが、試合巧者にはなれなかった。

2回表4-0となっての1死1塁で、駒大は送りバントを決めたが、消極的過ぎる気がした。

これが元でもつれる展開となるが、しかしこれがゆえに勝ったともいえる。

荒れた試合展開にならないよう、引き締め続けた。

本来は、4-0のあの場面で送りバントしないで、強行して、意気消沈している相手をつぶす可能性は高かったが、まかり間違って、不運な当たりや流れとなってチャンスをつぶすと、全く予想できない展開が待っていたりする。現にそうなった。

だから、今大会見ていて、チーム全員の打力が一番、次に投手の最低限のスピード、そして機動力と緻密な攻め、さらに守備力。結局は総合力であり、随分と当たり前の結論になってしまった。

田中の165球・6四死球・14奪三振は、褒められたものではない。

三重の怪腕・梅村は、9四死球・5奪三振であった。

明日は東北対九州が2試合ある。

もちろん応援するのは決まっている。

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2006年8月 9日 (水)

打撃戦全開の中で、悲劇の関西

関西と書いて、「かんぜい」と読む。「かんさい」ではない。

岡山県岡山市のチームだ。いつのまにか岡山県の圧倒的な顔となった。

勝ち星も倉敷工業に次ぐ2位で、岡山東商に並ぶ17勝だ。しかし負け数は、14(今日で15)で、岡山東商の18よりも少ない。

この負けのここのところの3つが切ない。

高校野球の歴史上、最も悲しく、可哀相なチームになったのではないだろうか。

昨夏、10-4で迎えた8回、京都外大西に6点とられて追いつかれ、次の9回には決勝の2点を追加され、10-12で負けた。リリーフした好投手ダースは、前の試合の一回戦では自責点ゼロで、9回まで投げサヨナラ勝ちを引き出したのだが、この試合は2回途中から登場して、最後は思わぬ滅多打ちに遭い、泣き崩れた。

そしてセンバツは、早実との死闘を演じた。

4-4の延長15回を戦い抜いて、引き分け再試合となった翌日は、1点リードで迎えた、9回、1死1塁で、ライト前ヒットを打たれる。そしてライトの熊代は後逸し、打者走者までホームインして逆転される。

この2試合とも、しかし相手は表の攻撃で、まだ裏に逆転の期待はあった。

ところが今度は、まさに完全にひっくり返されての逆転サヨナラ負け。またしてもダースの涙を抑える帽子の姿が、これ以上になく、もう帰ってこれるチャンスはない最後の夏である事も悲劇性をました。

去年からクリンアップを打っていた四番の安井は、今大会、注目されているバッター堂上(名電)中田(大阪桐蔭)にも引けを取らない、魅力満々のスラッガーだ。

それだけではない。1番から9番まで切れ目なく鋭い振りの、しかもチャンスに確実に打つ勝負強い打者が揃っている。

この傾向は、今年のほとんどの出場チームに言える。

二線級の投手が出てくれば、間違いなく滅多打ちに会って、大量点となる。

主力選手だけでなく、下位打線までが強烈な振りで、競合ともなれば、代打の3人目までどころか、18人全員の振りが徹底的に鋭い。

1日目、3試合の勝ったチームが全部10点以上をたたき出している。

2日目の第1試合では、清峰(長崎)が22点を挙げた。このチーム、去年から関西や横浜、駒大と同じく、凄いレベルのチームを作り上げてきているが、21点を決勝の横浜戦で取られたそのお返しみたいな事を、この1回戦でやってのけた。

今日まで全11試合の、1試合の平均得点は15点である。

ルーズベルト大統領が、たまたま見たヤンキース戦(だったと思う)で「8-7」の試合が一番面白いね、と語ったのが、面白い試合の定説みたいになっているが、15点という事は、まるで11試合連続8-7の試合が行なわれているようなものだ。

今日だって、関西の中村とダースコンビは、注目の投手であり、特にダースは実際148キロを投げていた。相手の文星芸大付属(元宇都宮学園)も、2人目の佐藤投手などは、そう簡単に打てない低目の直球を持っていた。29イニングで32三振。かつ1四球は敬遠のもの。まだまだ期待が持てる。

第2試合の今治西にしても先発はマックス143キロだ。このチームには50発男(練習試合も含む)がいて、今日も腕っ節の強さで初球をライトに持っていった。

第3試合の倉吉北は、3人の2年生投手がいた。今日は2人だけだった。二人目の篠塚投手は144キロを投げる。落ち着いた制球力もあった。県予選での12イニングで17奪三振は、伊達ではない。もったいなかった。サヨナラされるとは思わなかった。

そして、第四試合の八重山商工と千葉経済大付属は、どちらも横綱大関クラスの力を持っていて、最後の優勝マウンドにいてもおかしくない2人の投げあいだ。

さらに八重山には、背番号四番をつけて、小柄な(発表は170センチだが、どう見ても165~6ではないか)選手がいる。いかにも小技が聞いて、守備の上手い2番打者か、もしくは6番当たりで足でかき回すうるさい選手かと思うだろう。セカンドではなく、1塁を守る。いや、センバツを見た人なら、覚えていると思うが、これがとてつもない強打者である。1回戦でホームランを打ち、この金城を中心に、全員が振りぬいてつるべ打ちをし、2回戦では、優勝した横浜を最後サヨナラかという場面まで徹底的に追い詰めた。

この選手が、選抜を決める神宮大会ではエースの代わりに投げぬき、そして今大会も、やはりエースの後を平然と出てきて、140キロを越す球を投げていた。

エースはもちろん、今大会のBig4田中(駒大)中田(大阪桐蔭)堂上(名電)斉藤(早実)に次ぐ5番目の注目選手である、大嶺だ。

「熱闘!甲子園」でもこの5人をピックアップしていた。

こんなチームは怖いに決まっている。

18,13,15,10。

この数字がなんだか分かるだろうか。

この日負けた4チームのそれぞれの編んだ数である。

負けたほうのチームがこれだけのヒットを打っているのだ。

じゃあ、全部で何本打ったか。

117本だ。

同じくプロ野球でも四試合が昨日は行なわれた。

全部でヒット数は、82本。

35本も多く飛び交っていたのだ。

しかし、何か因縁というか、歴史は繰り返すというように、チーム自身の記憶を呼び覚ますかのような出来事が起きる。

21点を取られたチームが22点を取り返す。

さらに、デジャブみたいな事が起きたのは、今日の第1試合、関西―文星だ。

早実のライト前を後逸した関西が、この日の2回表、0-0で迎えた2死2塁。七番川辺の放ったセンター前ヒットに、文星のセンター(四番打者の)妻沼は、後逸してしまう。大詰めの9回ではなかったけれども、かつて自分たちが見た悪夢を今度は相手に見たのではなかったか。球はフェンスにまで転がり、打者走者までが生還し、2点を先取される。この直後、またしてもセンターを襲う打球にダイビングして抜かれ3塁打となり、そのあとのヒットで3点目も取られる。

以後の展開は以下のとおり。

3日目第1試合

関西

10

18

文星芸大付

4×

11×

16

190センチの長身ダースは、今度こそ、玉は少々上ずっていても、押さえる寸前まで行った。9回浦、2死ランナーなし。スコアは10-9。れふとのファインプレーで、3塁走者を犠飛にする1点差で何とか食い止め、あと一人となった。

次の妙な転がり方をした投手ゴロに、ダースは1塁へ悪送球する。

サヨナラを決めたのは、先制点の場面で後逸をした妻沼だった。

文星の監督は、「勝てるような雰囲気ではなかった」と試合後に語った。

普通は強気で、こういう発言はしないが、実際にそうであるのが傍目にも分かった。

リリーフした佐藤祥は、とても次の会を投げられるような状態ではないほどに興奮し、泣きじゃくっていたのだから。投球練習もせずに、ベンチから泣き顔で見ているだけが精一杯で、他の選手も、負けムードでしかなかった。

兆しは何も見えなかった。

ダースと関西には悪いが、自滅といってもいい。

監督も「速い球でも単調では、打たれるのは仕方のない結果だ」と語っていた。

ダースは、「ほんとにもう、仲間に悪いです」

この投手。去年から、浮いているという言い方とは智逢うが、素質にも恵まれ、圧倒的な逸材なのに、悲運というか、自ら可能性を見過ごすような、変なひ弱さがにおっていた。ナインとも、仲良くやり、より以上に強く勝利も目指しているのに、空回りというか、何か違う素材としているような感じがした。外国人(あるいはその血が混じっている)というだけなら、ダルビッシュはじめ、過去にも随分いるが、ダースは、「立派過ぎる男」ではなかったか。日本人の遠慮とは違う、本気で引く力を、何故か発揮するところが合ったのではないか。

この関西の悲劇性をその中心で引き受けるような力があったのではないか。

相手の文星は、県大会で優勝し、講師ね出場を決めた直後に、1年生部員が絡む暴力事件が発覚する。出場も危ぶまれた。灰色の匂いが漂った。

監督はといえば、春には、「甲子園出場がない」との理由で、学校幹部により女子高への異動が決まった。社会人野球の現役選手が、次期監督として決まっていた。そのニュースを知った選手らが、1週間で1万3000人の書名を集めたという。

こういうチームは神がかり的なものを持って、甲子園にやってきている。

どこか負けない匂いがある。奇跡の逆転を起こす土台と理由が隠されている。

駒大苫小牧が、雨天順延で八点差つけて勝っていたゲームをノーゲームとされ、また暴力事件や優勝メンバーを含む卒業式後の飲酒喫煙事件といった不祥事、監督交代及び復帰劇。

どのチームにも物語が控えている。

関西は、「甲子園」(週刊朝日増刊)を読むと、地方大会の岡山理大戦で、チームは追い詰められたと書いてある。

<好機を併殺などでつぶし、リズムに乗り切れない。けん制死した選手がベンチでヘルメットを投げつけるなど、チームの雰囲気は最悪。>

監督は、「野球をする以前の問題だ」と選手たちの姿勢から問いを発した。

それでもダースの球は、気持ちの揺れが現れて、気が高まると、ボールも高くなった。

第四試合の八重山―千葉経大付の戦いは、ここでもデジャブを見た。

かつて、ダルビッシュを擁する優勝候補ナンバーワンの東北に土をつけたのが、千葉経大だった。1-0とリードした東北は、9回2死3塁まで追い詰める。

変な打球が3塁に転がる。雨が土砂降りで、次の試合は翌日に延期となった。そんな9回での出来事だった。3塁はやむをえないようなエラーで同点とされ、延長で逆転される。

この試合でも、6-7と逆転された後、なお1死2・3塁で、八重山の打者の放った打球が、3塁へとおかしな転がり方をしてグラブを避けるようにレフトへ抜けていった。

ダも誌のもう2点が入って、結局6-9のスコアだ。

この日、関西と共に9回2死無双者まで行きながら、ゲームをひっくり返されてしまった。

神がかりはどのチームについているのか。

明日の第1試合には、春夏あわせて51回登場の県岐阜商が登場する。

春も夏も優勝している。

相手もまた春も夏も優勝している智弁和歌山だ。

関西もそうだが、智弁和歌山も地方大会の打率は低いが、実は、甲子園に照準を合わせて、打撃力を高めてきている。見ものである。

というのも、文星や駒大が不祥事をばねにしているところがあるように、この岐阜県も、先日、裏金の処分に困って、500万円を焼き捨てたという事件が発覚した県だからだ。

岐阜県庁は、94年度だけで、4億6600万円の裏金を作ったと、前知事の梶原拓という男が、悪日もなさそうに発言している。

もちろん税金を使ってのことだ。

岐阜といえば、今年のセンバツで、準決勝まで行き横浜に敗れ去った強豪の岐阜城北がいる。

県岐阜商は、この岐阜城北に、去年の夏は、準決勝で8-10で敗れ、秋の県大会の決勝でも逆転負けを喫して、結局はセンバツ切符を逃していた。

そして迎えた今夏の県予選だ。

7月27日各務原市民球場

岐阜城北

県岐阜商

3×

9回裏、県岐阜商2死一、二塁。

岐阜城北の尾藤竜一が投げる。打った。長尾雄人の打球は、レフトへの劇的な逆転サヨナラ3ランホームラン。

このとき、喜んだ県岐阜商の選手がグラウンド内に駆け込み、走者と交錯する、という出来事が起きる。

岐阜城北ベンチは、アウトではないか??と抗議し、試合終了の整列を拒んだ。

結局は、折れて、35分後に整列した、という。

そして第四試合には、福知山成美も登場する。

野球部の1年生部員が今年5月、学校の寮で同級生に暴行していたことが8月1日に発覚。

ドラマをどう生むのか。

見所といえば見所である。

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2006年8月 8日 (火)

亀田のオヤジと甲子園。

亀田興毅の親父がほえた。

噛み付いたやくみつるも、きっちりと批判したやしきたかじん(どっちも「や」で始まる平仮名)も、なかなかなやくざだ。

ところで、普段は行儀のいい事を言っているインテリが、ここで亀田の親父の側に回っては、只じゃ置かんぞ。

おまえらな。守られた中で行儀悪いことするんのと、たたかれるしかない中で、もともとの行儀の悪さを通すのとはちがうんのやで。

有馬文部大臣(当時)はかつては東大の学長だった。こいつが、教育テレビに出て、子供に「文部大臣ってどんな仕事をするの?」と聞かれて、大人げもなく、学術的な(大人が聴いてもわけの分からん、要するに俺は偉いという)ことを語っていた。しかも腹を立てて。あれをもう一回放送しろ。オレは一度録画していた毛で、消しちまった。

オレはいいけど、見ていない奴がもっと沢山いる。

亀田のオヤジよ。行儀悪いのは、しかし、何処の世界でもアカンのとちゃうか。

オレはな。「礼儀」とは、相手を怖がらせないとか、少し取り組みやすいと思わせるような人ほど、そのポイントが高いと考えている。

お前は礼儀がないという事に関して、あんまり恥ずかしがらんようやな。

『仁義の墓場』と言う映画(監督は深作欣二)で、渡哲也扮する狂犬ヤクザが、親分に縄張りをせびりに行ったとき、死んだ女の骨を骨壷から出して食う。これは、逆の意味での恐喝方法である。当然、オレにとっては「礼儀」知らずな人間でしかないのだが、こういうシーンを、たとえば『男はつらいよ』を嫌うようなインテリたちは喜ぶのだ。

しかし、まさに暴力的なのだ。これが傍流ではなく、いまやVシネマをはじめとして一色に染まっている。もちろん、不親切や説明不足や不寛容を、一種の暴力であることとしてわかった上でやっている。その決着は、亀田のオヤジや鈴香容疑者は、自らの身体で払う。

だがよ。インテリはよ。口先で快哉を叫んでも、一緒に腹を切らんだろう。

吐いたツバ飲もうったって、そうはいかんぞ、こら。

けど、目上の人に敬語を使わないで何が悪い? という議論は、かつてあった「人を殺して何が悪い」という議論とそう変わらんのとちやうか。

何か、その発言者に対して、言い返しにくさがある。

その理由はなにか。やましさか。

悪への憧れか。

亀田のオヤジとガチンコする事でしか、分からないのではないか。

守られた中では平気で「ヤクザ」を張るインテリたち。

そこに答えはないよ。

ところで、先週の月曜に延長15回、226球を投げ、0-0。

翌8月1日(火曜)の引き分け再試合で、148球を投げた仙台育英の2年生エース。

水曜日には、仙台から大阪入りし、翌日の木曜日、抽選会があった。

そして引いたくじが2日目だ。

5日の土曜日には開会式リハーサルがあり、6日に開会式。

翌7日、当然のごとく先発し、115球を投げ完投した。

これだけの名門校でよく2年生がエースになれる、と思うが、

今大会甲子園出場校の中で、この仙台を含め、帝京、浦学など11校だ。

日大山形もまた2年生エースで初戦を突破した。

初出場校、優勝経験校の戦績も気になるが、2年生エースの結果もまた気になる。

今日もまた、関西、倉吉北、今治西と朝から3試合連続して2年生エースが登場する。

亀田のオヤジよりは面白いはずだ。

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2006年8月 7日 (月)

横浜たそがれ

びっくりした。

横浜が負ける姿をあまり想像出来なかった。決勝で駒大と死闘を演じるのだとばかり思っていた。

しかしこの最強チームを潰せるとしたら、この大阪桐蔭しかなかったのかも知れぬ。

その相手にいきなり初日の1回戦でぶつかるとは、お互い思わなかっただろう。

二〇〇三年に、明徳義塾と横浜商大、平安と日大三が初戦でぶつかり、さらに同じブロックに東北がいるという激戦区があったが、それを超える最悪のブロックとなってしまった。

横浜は、満塁で2度のゲッツーという攻めのまずさもあったけれど、接戦を経験してこなかった地方大会も今にして思えばまずかったかもしれない。たいていは、別のチームとの1・2回戦でそれを経験して、大阪桐蔭などのライバルとあたるものだが、そうはならなかった。

白樺もゲッツーで相手に流れを寄せてしまい、その裏に逆点劇を生むけれど、実際は、地区大会ノーエラーというのが嘘の様な危ない守備だった。

試合前に捕手が右足剥離骨折というアクシデントで、バッテリーが中学以来のコンビであった事も、動揺を誘ったに違いない。

攻撃のほうは見事だった。

しかし決してエラーがらみではなかったけれど、幸運な得点劇だと思った。打棒の凄さを見せ付けることには抜群であったが、いかんせん投手陣が、せめて高知商の2番手に出てきたくらいの球を持っていないと、少々の強い相手には通じないのではないか。

この日の3試合を見て思うのは、いまの全国レベルの豪快な打線を抑えるには、1・5流の投手の継投ではもはや駄目だ。せめて最速140キロを超える球と、制球力が必要だ。

それにしても大阪桐蔭のリリーフで出てきた背番号1の松原は、どうしようもないところに追い込まれていた。四死球四つで押しだして3点差に迫られ、なお2死満塁で1番の白井がショートゴロ。この白井と4番のキャプテン福田、7番の下水流。この3人が、固かった。

その裏の大阪桐蔭の3、4番が連続してホームランを打ったときには、八十三年のPL-池田戦を思い出した。

夏春夏の3連覇を目指す池田高校は、磐石のエースで四番の水野を擁して、準々決勝で事実上の決勝戦といわれた野中擁する中京戦を制し、もはやあと二つの花道のはずだった。

かつて逆転のPLという名門が、まさかここから新しい歴史を始めるとは思わなかった。

古豪復活というよりも、全く新種のチームだった。池田が切り開いた打棒の甲子園の新型を注入したような、その始まりがこの池田戦だった。

二回、2死から水野を打ち込んで、7番の小島に2塁打を打たれ先制される。

なお2死2塁で、8番9番に連続ホームランを打たれるのである。その8番打者が1年生エースの桑田だった。

桑田のホームランには、確か「歴史が変わった」とアナウンサーが絶叫した。

昭和52年、東洋大姫路に延長で2死1・2塁四番にサヨナラ本塁打を浴びた東邦の1年生エース、バンビこと坂夲以来のヒーローだった。

坂夲は、この決勝までで満足感が漂う、爽やかさとともに、あっさりとしたヒーローで、一方、桑田のほうは、これがまだ歴史の始まりと予感させるにふさわしい本格派投手で、しかも、バッティングセンスも同じ1年生で四番を打っていた清原以上に目を見張らせるものがあった。

ここで、昨日開会式前に予想したベスト八を、やりなおす。

ブロックごとに正確に予想する。

開会式で、優勝経験校が17校といっていたので、自分が調べた16校と違っていて、あれ?? よくよく調べたら、三重高校が春のセンバツに優勝していた。

Aブロックは、青森山田を打ち破って、次の駒大苫小牧に今度はコテンパンにやられる。

Bブロックは、桐生第一が東洋大姫路を最小失点(つまり1点)に抑えて勝つ。

Cブロックは、帝京が如水館、福岡工大城東と連続して打棒爆発。しかし多分ここまで。

Dブロックは、高知商を日本文理が手足をもぎ取るように軽くたたいて春に続いてベスト8。高知商の野球はこれでは甲子園では戦えないと、逆に日本文理の野球に活路を見出すのではないか。

Eブロックは、早実が清峰を上手い逃げ切りで制する。ある意味、最も高校野球らしいオールドファンの喜ぶ試合が見られることだろう。

Fブロックは、仙台育英が関西を撃破。名勝負になるのではないか。

Gブロックは、八重山商工を上回る打撃戦を制して智弁和歌山。

Hブロックは、愛工大名電を天理が打ち破る。名電投手陣の奪三振率の低さは、Hブロックの初戦から危ういものがある。

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2006年8月 6日 (日)

とりあえず開会式

おかしいのは、(昔からだが)ブロックがまちまちで、運不運がある。

ベスト32にするために49代表から17チーム負けるわけで、そこから32チームでトーナメントを戦う方式だけれど、せめて、1回戦を勝った同士をぶつけずに、2回戦から登場チームとぶつけるようにしないと、2回戦同士のブロックは、弱いチームが固まると、するするとベスト8まで行ったりする。逆に1回戦ブロックに入ると、今回の横浜と大阪桐蔭がぶつかってその勝者が、たぶん早実とぶつかって、それを勝ってもまだベスト16だ。一方、駒大は毎年美味しい位置からスタートだ。

SS:横浜、
S:早稲田実、駒沢苫小牧、

A;大阪桐蔭、清峰、関西、八重山商工、仙台育英、智弁和歌山。
B:千葉経大付、今治西、桐生一、福知山成美、東洋大姫路、天理、高知商、愛工大名電。

C:浦和学院、帝京、熊本工、青森山田、金沢、日本文理、文星芸大付、甲府工、静岡商、福井商、県岐阜商、八幡商、関星、如水館、徳島商、福岡大城東、福岡、南陽工。

D:白樺学園、専大北上、日大山形、松代、三重、倉吉北、香川西、鶴崎工、佐賀商、延岡学園、鹿児島工光南、本庄。

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2006年8月 4日 (金)

駒大、対戦相手決まる

駒大は、1回戦、山口県の南陽工と当たった。

春夏連続出場だ。

夏は炎のストッパー津田を擁して以来の出場で、少し怖い。

相手が山口県と言うとどうしても、北海道人にとっては下関商を思い浮かべてしまう。

全盛期の北海高(この三年前の国体では優勝。前年の甲子園では、ベスト8で惜敗など全国の名門の一角を形成していた)であった。

昭和38年のセンバツと言うから、オレは生まれたばかりだ。

前年から投げているエース吉沢と谷木で準決勝のPLに逆転サヨナラし、その決勝で、プロ野球永久追放されたあの池永相手に10-0で負けたのだ。

池永は夏も決勝まで進み、惜しくも負けるが、ナンバーワンチームである事に変わりなく、北海は、しかし唯一対抗できうる実力校であった。

<野球では不毛の地といわれた北海道勢の中で印象的だったのは、昭和三十八年春の第三十五回記念大会の北海高の大躍進だった。投手の吉沢勝(元巨人)を中心に、谷木恭平(立大ー中日)、高木和富選手らの長打力と俊足ぶりは圧巻だった。とりわけこの二人の快足ぶりは“北海のサラブレッド”の異名をとったほどで、五試合で二二盗塁のうち谷木が九個、高木が八個の盗塁を成功させており、準決勝の対早実戦などでは谷木が塁に出ると、スタンドから一斉に、「ゴーッ! ゴーッ! ゴーッ! 」と盗塁をせがむ声まで上がるほどで、甲子園としてはまったく珍しい光景だった。この試合、谷木が四安打する大活躍と吉沢の劇的な逆転サヨナラホーマーで早実を破って決勝に進出、優勝戦では下関商・池永正明投手(元西鉄)の快投にあって涙をのみはしたが、酷寒に耐え、黙々と労苦を積み重ねたことが、このすばらしいチームを生み出したのだろう。飛沢栄三野球部長の、「おまえたちは野球界に革命をもたらすんだ。北海道の開拓者になるんだ」の言葉が立派に生かされたのだ。>

(「ああ甲子園」松雄俊治/スポーツニッポン新聞社出版局)

今大会は、初出場が六校だ。

例年七~九校出てくるから、まずまずか。

しかし今春のセンバツは、出場三十二校中、十二校が初出場で、何故、これほど回を重ねて、伝統校がひしめき、清峰のような新たな強豪が生まれて、もうこれ以上は出てきようがないと思えるような中を、毎回毎回初出場が出てくるのか。

全く不思議である。

今は名門校に選手の数が集中する傾向が強く、才能ある選手のスカウトもかつて以上に、全国規模で、移動にも苦痛を感じない十代が増えている。

北海道では駒大が部員数第1位で、百人を超えると、監督も捌き切れないのではないか。

今大会1位の百三十人は千葉経済大付属で、これは『週刊朝日』の朝日新聞社調べで、千葉県高等学校野球連盟の調べでは、百三十二人で、いずれにしても、今大会では1位で、千葉県内でも八千代松蔭と並び、第1位である。準決勝で争った習志野(市立)が第3位で、四位に東海大浦安、以上いずれも百二十名を超える。決勝で争った拓大紅陵が第6位と、結局は、北海道もそうだが、名門校にぎっしりと一極集中化してきている。

履正社、近代付属、PLと難敵ぞろいの大阪で、今大会の優勝候補最右翼の大阪桐蔭を相手に堂々の延長12回を戦ったのは、金光大阪で、2002年にセンバツ初出場し、ここも百三十人の部員を誇る。

オレの母校(札幌南高)も、駒大と同じ南北海道という地域で、2000年に六十一年ぶりに甲子園出場し、話題となった。初戦でPLに負けたけれど、かつて甲子園で1勝はしている。しかもまぐれではなく、その出場2年前にも決勝で涙を呑み、いつも札幌地区を勝ち抜いて、南北海道大会の常連校である。

南高はかつて(オレの在学中)四百五十人だった定員が今は三百五十人で、しかも女子が大幅に増えている。その中にあって、1084名(男子573名・女子511名)中、北海道内6位の六十六人の部員がいる。十人に一人以上が野球部員かよ。

びっくりした。北大の医学部はじめ、国立大学の医学部進学率が全国で1位を二十年以上記録(確か二年前に二位に落ちた)してきたような学校で、何で野球は盛んなのか。甲子園と言う魔物に取り付かれているからであろう。その成せる業で、部員数の極大と極小(過密と過疎)が進み深刻化している北海道の一端を担っている。

鳥取県25校とか、福井県29校など、とてももう初出場など出てきそうに無いが、これもよくわからない。

鹿児島は、樟南(旧・鹿児島商工)、鹿児島商業、鹿児島実業の超協力三つ巴で、五十三年ぶりに県立高校の鹿児島工業が初出場で、一体何が起こったのかと思ったが、部員数を見ると、八十三人とこれがやけに多い。

一度も甲子園にでていなくとも、これだけの部員数を集めて練習している姿が、何処からでも目指す連中がいて、そこが面白い。

それにしても神奈川と大阪は、2校を代表にしないと、公平性という点で、もうどうしようもないのではないか。大阪から他地域への逸材の流出は避けられないのではないか。

部員数の数では、2校代表出来る北海道と東京がそれぞれ、7,605人、10,889人に対し、大阪と神奈川は、それぞれ8,430人(205校)、8,052人(197校)

同じ1校出場でも、鳥取は969人(25校)である

以下は、今大会の早見表を作った。

春夏ともに優勝を経験している高校は6校もある。

夏が12、春が11で、優勝経験校は、全部で16校。

春夏連続出場は10校。

夏の連続出場は10校。

四年連続が駒大苫小牧。

三年連続が熊本工、青森山田。

二年連続が、関西、清峰、福井商、智弁和歌山、大阪桐蔭、愛工大名電、佐賀商、

明徳義塾は決勝で延長の末に負けたが、勝っていれば事実上の九年連続出場だった。

日大三高も四年連続出場(西東京史上初)をを決勝戦、延長の末リードしながらサヨナラ負けで逃した。昨年準優勝の京都外大西は、準決勝で福知山に敗れ、三年連続を逃した。

遊学館も決勝で三年連続を逃した。

部員数

私立は無表示

出場(カッコ内は春)

130人

千葉経大付

2年ぶり2度目

108人

福知山成美

7年ぶり2度目

107人

熊本工

三年連続18度目(19回)

準V

105人

駒大苫小牧

四年連続6度目(2回)

連続V中

101人

浦和学院

2年ぶり8度目(6回)

100人

青森山田

三年連続7度目(1回)

96人

横浜

2年ぶり12度目(11回)

91人

日本文理

2年ぶり4度目(1回)

金沢

3年ぶり11度目(8回)

10

86人

文星芸大付

6年ぶり9度目(2回)

高知商(市立)

9年ぶり22度目(14回)

準V

12

83人

香川西

3年ぶり2度目

鹿児島工(県立)

初出場

14

81人

福岡工大城東

9年ぶり2度目(3回)

専大北上

6年ぶり5度目(1回)

16

78人

関西

二年連続7度目(8回)

17

77人

仙台育英

5年ぶり19度(8回)

準V

準V

如水館

5年ぶり5度目(1回)

19

76人

常総学院

3年ぶり10度目(6回)

20

75人

清峰(県立)

二年連続2度目(1回)

準V

21

73人

福井商(県立)

二年連続17度目(17回)

準V

八幡商(県立)

6年ぶり6度目(7回)

23

69人

光南(県立)

初出場

早稲田実業

10年ぶり27度目(18回)

南陽工(県立)

28年ぶり2度目(3回)

延岡学園

6年ぶり5度目(2回)

27

68人

県岐阜商(県立)

2年ぶり26度目(26回)

28

65人

東洋大姫路

5年ぶり11度目(6回)

開星

4年ぶり4度目

30

62人

本荘(県立)

18年ぶり3度目

甲府工(県立)

7年ぶり8度目(5回)

32

61人

天理

4年ぶり23度目(17回)

徳島商(県立)

6年ぶり21度目(19回)

34

59人

日大山形

8年ぶり14度目(3回)

35

58人

桐生第一

2年ぶり8度目(2回)

36

57人

佐賀商(県立)

二年連続14度目(6回)

三重

11年ぶり9度目(9回)

V

38

56人

愛工大名電

二年連続8度目(8回)

大阪桐蔭

二年連続4度目(2回)

40

55人

鶴崎工(県立)

17年ぶり3度目

41

51人

今治西(県立)

3年ぶり9度目(8回)

42

48人

松代(県立)

初出場

43

47人

帝京

4年ぶり9度目(12回)

静岡商(県立)

32年ぶり9度目(6回)

白樺学園

初出場

46

43人

倉吉北

4年ぶり6度目(4回)

47

39人

福岡(

富山県立

初出場

48

31人

八重山商工(県立)

初出場(1回)

49

30人

智弁和歌山

二年連続14度目(7回)

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2006年8月 3日 (木)

甲子園抽選と発売日

都立大島が逆転サヨナラした26日、プロ野球では、王監督の入院から突然底時からを発揮したソフトバンクと、札幌ドームに戻った日本ハムがサヨナラ勝ちした。

前日、札幌丸山球場に2万4200人集めた駒大苫小牧に対して、日ハムはこの日、札幌ドームに1万8450人だった。

翌27日、前橋工がサヨナラされ、剣持が大の字になってマウンドに寝た日、またしてもプロ野球は四試合中2試合でサヨナラだった。ズレータが逆転サヨナラの2-1で、ソフトバンクが連続サヨナラと、読売の(後日、3番の働きをしていないと原に酷評される)二岡が延長11回サヨナラヒット。

この読売の試合もラジオで聞いていた。

阪神ファンであるけれど、連敗中の読売の試合を放送時間の短いテレビを見て、途中出来られてラジオに流れる。

読売ファンが減ってプロ野球人気がどうこうというが、もともと野球熱が足りないファンの集まりで、武豊に群がった一時の競馬ファン、今、亀田興毅に集まるにわかボクシングファン、王・長嶋の余韻が長すぎただけではないのか。

4・9%の視聴率だった横浜―読売戦も見ていたし、7月15日の連敗脱出の試合も、土曜日なのに放送がされず、そのためラジオを聴いていた。BSで阪神の放送があったので、テレビをつけながらラジオで読売戦を聞いていた。

前日、ファールチップを落とした直後にサヨナラを決めたヤクルトはこの日も勢いそのままで、初回に七点を取るが、解説の松沼雅之は、入団時読売との争奪戦があったせいなのか、妙に読売よりで、連敗中でかつ七点を初回に取られても、「この試合は分からない」と言っていた。読売びいきの連中(かつての青田昇や金田正一など)のこの手の言葉は全然信用できないのだが、どうもこの松沼の言葉は、苦い経験の上での読売びいきらしく、重みがあった。なおかつ先発の内海は上原と李と、3人だけの孤軍奮闘している数少ない読売の戦士で、この日も全力疾走して1塁セーフを掴み無死満塁を呼び起こす。しかし併殺があって1点どまり。7-1.これじゃあ、絶対にヤクルトのペース。しかしオレも、この試合は読売に動く気がした。案の定、9-11の逆転勝ち。

ところが、9回裏にも「代打俺」で古田がチャンスを掴むし、奈央びっくりするのは追い上げムードの八回に、2死で青木が盗塁死することだ。これが逆にヤクルトの強さだと思った。

広島も東出を盗塁させ続ける。

もう時間だ。

抽選会。さっき、近くの書店に電話したら、週刊朝日別冊の「甲子園」店頭にあると言う。

昨日銀座旭屋で一応は見たけど、まだなかった。

それにしても8月1日に仙台育英が最後の代表として決まって、3日に店頭に並ぶ。新聞並みだ。

抽選見てから(去年は明徳がまだ出場自体前で対戦相手が日大三高戸決まって歓声と笑顔があった。

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2006年8月 1日 (火)

さよなら2

甲子園の始まるのが、楽しみであるが、その祭りの終わった後の寂しさを考えると、少し感傷的になる。

今からそんなことでどうするといいたいが、6日の開幕まですら長く感じる。

吉田拓郎に「祭りのあと」という歌がある。

♪祭りのあとの寂しさは、たとえば女で紛らそう

拓郎が作曲で、猫(というフォークデュオ)の代表曲に「雪」という曲もあり、これも何か後悔を残した思いを綴る寂しい歌だ。

♪雪でした。あなたのあとを何となく着いていきたかった

拓郎はほとんど作詞をせず、曲だけはせっせと書く。それは矢沢永吉もそうで、しかし彼等の歌う歌が、何故か自ら作詞をしたような匂いがぷんぷんとするのは、それこそが作詞者とのコラボレーションの力なのであろう。そして、演歌でも、結局は歌う人(八代亜紀だろうが都はるみだろうが)の「自分の歌」になっていく。

また甲子園の話からずれてしまった。

甲子園の地区予選が終わった(正確には宮城の再試合が1試合明日ある。NHKは地元以外でも放送しろ)だけなのに、後の5日間が待ち遠しいし、寂しささえ漂うのは何故だろう。

と書いたところで、エコーズの「駅」(「ZOO」のB面収録曲)の歌詞を思い出すオレは、かなりのファンだとばれてしまう。

何しろファーストアルバム(85年四月21日発売の『ウエルカム・トゥ・ロストチャイルド』)を発売前に予約(ラジオで当時、NHK/FMの深夜3時から「これから期待される新人4バンド」としてピンク(PINK)とエコーズ(ECHOES)とSI・SHONENとボウイ(BOФWY)が、月曜から木曜まで毎日アルバム全曲をかけて、オレは圧倒的にエコーズだけを気に入った)して以降、のちおれは一人身から二人身となり、妻と二人で、渋公の『ワイルドサイドツアー』最終日(だったと思う)まで、アルバムを買ったり、公演に行ったりしていたわけだ。

ま、この話もどうでもいい。

甲子園だ。

俳句甲子園とか、写真甲子園とか色々あるけど、なんてったって、高校野球の甲子園がいい。またこの話も書き始めると長くなる。

昨日の続きから書く。

都立大島高校を応援しようと、翌27日(木曜)の帝京戦を見たら、13-0のコールド負けでがっかりした。だけど帝京は1日間の間が空いていて有利ではあった。

まさしくその日に、もう1つの都立の雄・足立新田高校のエース秋吉を見てしまった。

東東京の第三試合。

青学の1番打者がいきなり高めに浮いた棒だまをライト前に大根斬りで、「ああ、こりゃあ、いつもの都立高校が私立に圧倒される一方的なパターンか」。

そう思った。ところが、しのいで立ち直って、グイグイ行く。これがなかなかいい。弱いチームである事は明らかなのだが、東東京ならば、可能性はある。

2-0で青学を抑えるのだけれど、これなら帝京(第1シード)にも、もしかして勝てるのではないかと思った。

ところがこの27日は忙しく、習志野と千葉経済大付属の準決勝大一番(これはビデオに撮って見た)があり、さらには、前橋工業と桐生第一の群馬県決勝だ。

群馬はもともと桐生高校(県立の進学校であり甲子園の古豪)と前橋工業だけれど、いまや桐生第一の全国制覇で、それを前橋工が追いかけるような展開となり、群馬王者の決着を付けるべくこの決勝は全く見逃せない対戦なのだ。

群馬県営敷島球場

10

11

12

13

前橋工

桐生第一

×

埼玉のかつての名門・上尾高校出身の福田監督は、浦和学院でコーチを務めたのち、この桐生第一で正田樹を要して全国制覇を成し遂げた。篠原涼子もこの高校の出身だそうだ。今放送中の連ドラでは、裏では米倉涼子が主演で、涼子同士の対決中だ。

1-0でリードされていた5回裏、明らかに福田監督の抗議が功を奏して同点に追いついた。古だぬきの一日の長と見た。

5回先頭の七番藤岡を歩かせてしまい、次の代わったばかりの投手鹿沼にバントされる。一塁へ走る途中、鹿沼は捕手と僅かに接触する。福田監督は猛烈な抗議をしろ(高校野球は自分では抗議は出来ない)と、選手に怒りを表す。

これを見た前橋工の選手たちがビビってしまった。

このアピールは認められなかったものの、前橋工のナインは、何となく気落ちしていた。特に接触した捕手は気押されていて、エース剣持にもそれが伝染していた。

次の打者9番・二年生・青木のなんでもない投手ゴロに2塁ランナー藤岡が飛び出す。しかし、剣持は2塁へ投げずに、1塁アウトを選んだ。

また少しだが、動揺が走る。その直後の初球だ。1番で最も警戒すべき2打数2安打の川岸涼太にあっさりと気持ちの落ち着くまもなく投げて三塁打を打たれた。川岸はこの日5打数4安打で、10回には敬遠されている。

もったいなかった。あの5回を凌げばよかったのだ。

心理戦を制した福田監督。

桐生第一は5回から投手交代し、前橋工は、剣持が一人で投げている。

早実と日大三の戦いもそうだったが、一人で投げ抜くほうにどうしても肩入れしてみてしまう。剣持は試合開始当初はセットポジションで、延長に入ってワインドアップに変え、必死の防戦だった。

その点、習志野と千葉経済大付属戦は、竹島(経済)と佐々木(習志野)とががっぷりよつで延長11回を最後まで投げあった。

後半は明らかに佐々木のほうが勝っていた。習志野は拙攻が続いた。

特に11回表は、三・四番がいきなり連打で、この試合12安打となる。対する経済は4安打だ。バントで確実に送って、次打者は敬遠され、1死満塁となる。

ところが7番見送り三振。8番今野は初球をレフトライナーだ。

結局、好投手二人がこの日関東から消え、足立新田の秋吉(5番でバッティングも非凡)が残った。3試合連続寒風の秋吉、あさっては帝京と当たる。

続く。

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2006年7月31日 (月)

サヨナラ1

タイトルは「さよなら」となっている。

だけれども、本当は「さよなら さよなら さよなら」として、副題に「~関東の本格派Big5・秋吉亮(足立新田)剣持英俊(前橋工)佐々木圭佑(習志野)増淵竜義(鷲宮)斉藤祐樹(早実)~」と書くつもりであった。

ところが、早実は負けなかった。

9回裏に1死満塁のチャンスに投手・斉藤が凡打して後続も絶たれ、逆に10回表、守備のいい斉藤がバント処理での3塁悪送球で決勝(となるでろう)点を献上する。

このとき、かなり高校野球を見慣れているつもりのオレでも、もう逆転はないと思った。

匂いがしなかったのだ。いかにも負けるべくしての物語が作られているような、出来上がっているような、そんな伝統のチームであり、甘いマスクの苦渋の表情であったのだ。

にもかかわらず勝ってしまったのだ。

奇跡というより駒大を倒しに来る刺客みたいだ。

次々と好投手が崩れていった関東大会の、それこそ最後を飾る(明日31日に行なわれる東東京大会の決勝には、あまり興味がない)最高の悲劇のヒーローとして、さよなら、としか言いようのない幕切れが用意されているはずであった。

ところが勝った。

このチーム、春のセンバツでは、駒大苫小牧の不祥事で代わりに出場した北海道栄を相手に、順当ともいえる8-0で勝っている。実際に強い。打力が信条の横浜よりも、この早実のほうが、駒大苫小牧にとっては、手ごわい相手に思える。あまり早い段階で当たって欲しくはない。

そもそも都立大島高校を応援して、東東京大会を見ていたら、都立足立新田高校の好投手・秋吉亮を発見してしまった。大型で横手投げ、弱いチームで一人黙々と奮闘、しかし悲壮感はない。

都立大島は、都立の星であり、八重山商工(沖縄県の離島・石垣島)同様に離島の星でもある。

都立大島は、東東京大会5回戦最後のベスト8のキップをかけて、26日(水曜)5回戦第三試合に登場した。

10

攻玉社

10

都立大島

4×

11

この試合結果の数字を見て、ワクワクする人もいれば、何にも感じない人もいるだろう。

ある編集者にオレの書いた小説を見てもらったことがある。その小説自体の駄目さは別として、「バッテリー」(あさのあつ子著)という小説について説明を受けた。

その小説(有名だからタイトルぐらいは知っているけど、だからって小説が=読むのも書くのも=それほど好きではないオレとしては、もちろん読みたい気持ちも起きない)は、野球の話ではあるけれど、2死満塁というような試合の場面は出てこないという。理由は、著者曰く、9回裏2死満塁2ストライク3ボールと書くだけで、充分ドラマチックであり、そういう事に頼りたくはない、という事らしい。

それはどうぞご勝手に。そしてそれは、書き手の問題であり、読む側は面白ければそれでいい。試合場面を書いたからって、それで頼ったとか何とか言うのは、あんまり野球についての醍醐味を知らんのではないかしらん。

と、その時は思ったけれど、それよりも、作家の態度についてのご託宣らしく、あまり野球好きではないらしい(そのくせ作家好き、ただしオレはその対象ではない)その編集者には、特に異見もせず帰ってきた。

3回戦4回戦と1点差で勝ち上がってきた攻玉社は、この試合も6回に7-7の同点に追いつき、その後は均衡状態となっての延長戦、10回表。攻玉社はついに点を取る。しかも2死から3点だ。なんと4番・岡部がライトスタンドへHR。10-7。

ところが、どうもこの試合は、アップアップで、逆転の目はあるなと思った。

東東京は、早実が西に移ってからというか、西東京に比べて、ここの所レベルが低い。

去年甲子園にでた国士舘にしても、準々決勝の成立学園戦など16-7だが、心もとない試合で、良くもまあ、1回戦で天理に勝ったと不思議なそんなチームであった。

実力校の数が足りないのではないか。

この攻玉社にしても、Bクラスの地区で何とか勝ちあがってきた波乱含みのチームでしかなかった。

だから大島も決して強いはずはないけれども、勝ち目はあって、離島魂というか、被害の鬱憤や、将来の不安など、それらの気持ちをぶつけたラストの破れかぶれは、通用すると思ってみていたし、案の定そのとおりになった。

最後は1死満塁でレフトオーバーの逆転サヨナラ打。

この日から高校野球特有のサヨナラゲームが、プロ野球でも頻発する。

「さよならだけが人生だ」と言ったのは、言ったのではなく、日本語の訳である。

「勧酒」という于武陵(うぶりょう)の漢詩を井伏鱒二が訳した。

最後の2行

花発多風雨(ハナニアラシノタトエモアルゾ)
人生足別離(サヨナラ、ダケガ人生ダ)

小樽北照の催促146キロの剛腕・植村祐介は、準決勝で王者・駒大苫小牧を相手に1安打のピッチングを披露した。エースで四番でキャプテンだった。かつ小樽・後志地区は野球の最弱地域でライバルがいなかった。突然南北海道大会のそれも上のほうで駒大とぶつかるしか道は無かったのだ。

大阪の中学から北にやってきて、そして尽き果てた。

暮れて散る 花には風も 一層(いっそ)よし

これは東京の明治政府に反旗を翻した秩父事件の井上伝蔵が、鎮圧後に隠れて、北海道に逃げ延びてから、書いた句だ。

ぼうふらも蚊になるまでのうきしずみ

これもまた北海道にやってきて、北大でスキー部を創設した加納一郎の書いたものだ。

加納は健康上の理由から登山を離れ、のち『山とスキー』を編集した。

井伏鱒二『厄よけ詩集』には、「サヨナラ」ダケガ人生ダ、とある。

それに対して、返し歌のように書き続け、また拘ってきたのが寺山修二だ。

さよならだけが人生ならば
またくる春はなんだろう
はるかなはるかな地の果てに
咲いてる野の百合何だろう

これは「幸福が遠すぎたら」という題の寺山修司の詩であるが、同時に「さよならだけが人生ならば」というタイトルで、小室等が作曲(だから六文銭も69年にシングルカットして歌っている)してカルメン・マキが歌っている歌の歌詞でもある。

最後は、

さよならだけが
人生ならば 
人生なんか いりません

と締められている。蛇足だが、小室等の歌で言えば、71年に出した別役実作詞の「雨が空から降れば」のほうがオレはずっと好きだ。

作・演出 平田オリザで青年団の舞台「さよならだけが人生か」というものもある。

寺山修二は、太宰治(太宰治も「勧酒」を引用している)と同郷の青森県出身だが、同じく映画監督川島雄三も、この言葉には縁がある。

『貸間あり』という映画のラストシーンで、さよならだけが人生ダ、と言わせた。桂小金治が立ち小便しながら言った。シナリオには無い台詞だった。

「さようなら さようなら」は稚内の氷雪の門である。

太平洋戦争の楔が打たれたのは沖縄のひめゆり部隊、そして樺太の九人の乙女であり、それぞれ「ひめゆりの塔」「氷雪の門」が建立されている。氷雪の門の隣には「皆さんこれが最後です さようなら さようなら」と印されてある乙女の碑がある。オレが見に行ったときは一人の観光客もいなかった。かつて沖縄に行って「ひめゆりの塔」を見たこともあるが、その違い(ひめゆりは観光客でいっぱい)に、返って「誰にも見守られずに死んだ」様が浮かび、しみじみとした気持ちになった。

案の定といおうか『ひめゆりの塔』のほうは東宝で三度、日活で一度映画化され、国民映画といわれるような受け入れられ方をしてきたが、七四年に村山三男で映画化された『樺太1945年夏・氷雪の門』のほうはビデオ化すらされていない。オレは中学のときに村の公民館でこの映画を観たが、暗い気持ちになったことだけは覚えている。

オレは、「サヨナラダケガジンセイダ」は、映画評論家の斉藤正治で最初に知った。

映画がサヨナラをこのむのか、この言葉は、映画特有のように多く使用されている。

松竹の撮影所回顧本『人は大切なことも忘れてしまうから』の末尾に吉田剛が、

<サヨナラダケガ人生、カ。>とある。

今村昌平編『サヨナラダケガ人生だ~映画監督川島雄三の生涯』や

五社巴著『さよならだけが人生だ~五社英雄という生き方』(五社英雄は映画監督)など、気の付いたところで挙げてみた。

『トラック野郎・爆走一番星』(第二作)あべ静江が「さよならだけが人生たい」というシーンがある。それを受けて、あべにゾッコンの文太のトラック前バンパーには「さよならだけが人生だ」とあった。

本当はさよならゲームと、小樽にやってきた植村、関東で散った四人、及び散りそうだった一人のエースの話を書こうとしていたが、こんな顛末になってしまった。

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2006年7月30日 (日)

野球人気1

野球人気

ここのところ、高校野球の地区予選を、なるべくはビデオに撮りながら各チャンネルを回しつつ見ているので、その整理でもって、とても文章など書く気も起きない。

北海道から準決勝2試合と決勝のビデオを送ってもらって見たが、駒大苫小牧は、「危なげない」勝ち方とは言いがたい。準決勝の1安打もまずいけど、それ以上に、ノーシードの札幌光星相手に、バントの失敗や走塁、守備など、荒さが目立った。

出来れば面白い仕掛けをしてくる駒大岩見沢や国際情報などと当たってから甲子園に出て欲しかった。

前評判からすると、夏3連覇を狙う(春のセンバツ出場辞退の)駒苫と、春夏連覇を狙う横浜との完全なる一騎打ちの様相だが、もう少し細かく攻めをつめるべきだ。ほかに不安といえば、投手が田中一人で、準決勝辺りからの継投がどう作用するか、接戦で田中がマウンドを降りて守りきれるのかという点だ。

円山球場での決勝戦は、札幌地区でも人気が薄い光星が相手であったのに、それでも2万4200人が詰め掛けた。

南北海道大会は、地区予選を勝ち抜いた16チームがトーナメントを行なうのだが、札幌地区から6チームもでてくる。そのうち、光星だけが、同じ札幌地区のチームと当たったので、勝ち残り、他の5チームは1回戦負けだ。今、北海道の3人に一人が住む(約190万人)札幌市の高校野球は、こんな状態だ。

横浜と東海大相模の決勝は、さらにそれを上回る観客だった。横浜スタジアムが満員札止めだった。それにしても高校野球人気は衰えない。

野球の人気がどれだけすごいかは、東京都各区の連盟に加盟している草野球チーム、その他加盟していないチーム、熟年野球、その数もすごいし、村山・江夏・田淵(あるいは長嶋・王)に夢中になった世代だけでなく、若い世代、少子化の今、生徒数が減っているのに、高校野球連盟に加盟している野球部員の数は5年連続で増えている。

今年は16万6314人。

そして観客数も、どの県も大きな球場を使うようになり、関東だけを見る限り、内野はぎっしりと埋まっている。

それに比べというのもなんだが、

申し訳ないけど、欽ちゃんゴールデンゴールズは人気が無い。

片岡安祐美がせっかくラジオの「ナック5」で、いつもCMをうっているのに、それでも人気が無い。美人だ。

7月22日(土曜)新潟県魚沼市営広神球場「茨城ゴールデンゴールズvsセガサミー」。ここで欽ちゃんは、「俺、やっぱりやるよ」と復活宣言をするのだが、見たところ2000人ぐらいの観客だ。あれほどに「やめる」宣言がニュースで波紋を起こして、最後のゲームかもしれない雰囲気での、その注目の試合に、テレビカメラばかり多くて、実際の観客はさっぱりではないか。

「いつみても波乱万丈」という芸能人を中心にその人生を取り上げる番組で、欽ちゃんを急遽、2週に渡ってやる事になった。1週目が終わったあとに、皮肉な事に、吉本興業から首にされた極楽トンボ山本(彼も芸能活動と共に球団の一員)の事件に、欽ちゃん球団の他の選手も関わっていたことが判明した。

「いつみても」は、野球拳で知られる「コント55号の裏番組をぶっとばせ!」を放送した日テレの番組であル。当時小学1年生のオレは、見ていた。あのころの欽ちゃんが好きだった。女子供や老人をいじくって、安い笑いを取る路線は、ショートフィルムや、今回の球団も含め、まだ続いていると感じるゆえ、「あのころ」の憧れを欽ちゃんに対して未だ抱けずにいる。世間の非難で野球拳は中止され、番組も打ち切りとなったあの日テレが、いまや巨人と心中する覚悟も無く、何が欽ちゃんだ。

「いつみても」の直前に放送されている徳光と江川卓の番組も、原ジャイアンツの愛より、王監督の入院でお茶を濁していた。『男たちのYAMATO』以外はことごとく東宝に負け続けている東映みたいな「賭け方」だ。

くだらないが、今日その「いつみても」の後編がある。

先週、「いつみても」を見たあとに、片岡安祐美の人気を調べてみた。

Google(グーグル)に名前を入力して検索したら、2万9300件だった。

ためしに他の女子スポーツ選手を入れてみた。

まずは今年のトリノオリンピックでただ一人、金メダルを日本にもたらして、話題を独占した荒川静香、同じフィギュアで直前まで人気だった安藤美姫、もう一人出場した、荒川のライバル村主章枝、更に出場資格のなかった浅田真央。

残念ながらメダルを逃したモーグルの上村愛子と里谷多英、そしてスピードスケートの人気選手・岡崎朋美。

ついでに岡崎とかつて争った島崎京子。

ショートトラックのメダル候補だった神野由佳。

カーリング娘として話題をさらった小野寺歩と林弓枝。

マラソン金メダルの高橋尚子。

ちょっと古いが水泳金メダルの岩崎恭子。

そして、ゴルフの宮里藍、横峯さくら、諸見里しのぶも調べてみた。

更にミシェル・ウィー。

テニスの現在のエース、杉山愛、引退を決めた浅越しのぶ。

これももう一人シャラポワ。

更に卓球の愛ちゃんこと、福原愛、もう一人、バレーボールの大友愛、

ついでのついでで、愛ちゃんつながりで、飯島愛、大塚愛も入力して、

調べたところ以下のとおり。

ただ、オレが一番好きなのは、片岡安祐美である。

名前

googleヒット件数

1

大塚愛

2、980,000

荒川静香

2,350,000

安藤美姫

1,340,000

シャラポワ

1,070,000

宮里藍

1,030,000

浅田真央

880,000

飯島愛

864,000

横峯さくら

767,000

上村愛子

716,000

10

高橋尚子

650,000

11

村主章枝

541,000

12

ミシェル・ウィー

505,000

13

福原愛

359,000

14

杉山愛

246,000

15

里谷多英

220,000

16

大友愛

181,000

17

岡崎朋美

171,000

18

諸見里しのぶ

127,000

19

神野由佳

117,000

20

岩崎恭子

113,000

21

浅越しのぶ

78,300

22

小野寺歩

77,800

23

島崎京子

69,700

24

林弓枝

38,700

25

片岡安祐美

29,300

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2006年5月17日 (水)

駒大苫小牧、こぼれ話。

野球は、一八三九年ニューヨーク州クーパーズタウンで誕生と公式発表したのは、一九〇七年の「野球起源調査委員会」でのことだが、今では実際には怪しい。

ニューヨークシティのマンハッタン島からハドソン・リバーをはさんで対岸のホーボーケンという場所こそが、野球発祥地であるとの、話がどうやら有力のようだ。

ホーボーケンの空き地で、アレキサンダー・ジョイ・カートライトという人が、消防団員の運動不足解消のため「ニッカボッカーズ」というチームを作って練習していた

一八四六年六月十九日に、ホボーケンのエリージャン・フィールドで、ニッカボッカーズ・クラブはニューヨークのチームと対戦した。これをベースボールの発祥とする説である。したがって、野球誕生160年ということか。

そしてベースボールの日本上陸133年、ロック誕生51年、歌舞伎403年、オペラが409年。

映画もまた100年が過ぎた(1897年にリュミエール兄弟の撮影した『駅に到着する列車』を最初の「映画」とするから109年という事になる)。

シネコン建設増加の影響で、国内映画館のスクリーン数が、先月、三〇〇〇を突破したようだ。一九七〇年以来三十六年ぶりのことだという。

それだけ映画の数が多いのかといえば、それもある。がしかし、それぞれの作品が満遍なく封切られているわけではなく、大作が沢山の映画館を必要としていて、その他の中小作品は、むしろ締め出されているのが現状だ。

日本では映画が年間幾つ作られているのか。

この本数は実際、以前よりも破格に多い。35ミリやスーパー16でなくとも、小さなカメラでビデオ撮り、その他カメラだけでなくスタッフも軽量化・ハンディ化が進んだ結果である。自主映画、ギター1本で、フォーク歌手が隆盛したように、映像作家が急増している。

二〇〇五年の劇場公開本数だけで三百五十六本(映連発表)。待機中の映画が百本近いとも言われており、公開せずにVシネマとしていきなりリリースした作品が、約二百本。

だから大学での映画のゼミ、講座、映画学校、専門学校、通信講座まで含め、大変な「学校」ブームである。その影響で、私の友人も、あっちこっち、狩り出され、毎週どこかで教えていて、掛け持ちの人もまた結構いて、それで食べている人も多い。

映画を撮るよりも、お前は映画を教えて儲けるほうが専業なのか?? と、酒場で真剣に議論してる風景も最近はよく目にするが、撮るほうは厳しく、教えるほうは(一見)ぬるま湯が広がっているように見える。

私のところには(もちろん)何の要請も来ないひがみにも聴こえるかもしれない。

そんな事はないのだけれど、まあ、自分で弁明しても仕方がない。

Vシネマの次は、「ネットシネマ」だという事で、これも、映画学校並みのブームで、沢山作られている。今のところ、お金を出す会社(IT関連)が、試験的にリスクの範囲内で出しているだけで、これは淘汰されると思う。

映画学校の乱立は、ビデオやパソコンなどで誰でも映画を撮れる状況が出来てきているのに、かつてあった大手映画会社の「撮影所」という養成期間システムが崩壊してしまったことが原因だ。

文化庁は、日本映画および映像の支援プランを打ち出し、人材育成に乗り出し、二〇〇五年には、日本では初めての国立映画大学(東京藝術大学大学院映像研究科)が設立された。

映画の黄金時代(昭和三十五年前後まで)と、そのイメージを引きずって映画を目指す人々が、映画の世界で活躍した時代(1971年まで??)というのは、まさに人材の宝庫であった。

映画勃興期というのは、俳優といえば、、歌舞伎の中でも食いっぱぐれや異端な人物が、映画に追い出された形で活路を見出したのであり、また監督も、(画家の夢を諦めた)黒澤明初めほとんど高学歴な人ではない変わり者の寄り道場所であった。

人気とその作品力で、映画界はしだいに才能が集うようになり、就職する場所として、特に大手映画会社は、最難関となった。

「東大を出たからって」とは、よく巷で言われるが、実際、そう語る人が身近に東大の卒業生を見知っているのかといえば、たいていはイメージの話でしかない。

知っていれば親近感からそういわせないと思うのだが、知らないからこそ、そういう言葉を使うのでもある。

東大卒を、あえて基準にするわけではないが、目安にはなる。

監督では当初、牛原虚彦ぐらいしかいなかった東大卒は、俳優から監督に転じた山村聰あたりから、すごい数となってくる。家城巳代治、今井正、中村登、堀川弘通、増村保造、瀬川昌治、中平康、野村孝、渡辺裕介、白鳥信一、高橋治、須川栄三、山田洋次、藤田敏八、佐藤純彌、中島貞夫、降旗康男と、とにかく一九三六年生まれの小平裕までは、随分といっぱいいた。松本俊夫のようにはじめは東大医学部に入学したという変わり種もいる。

しかし以後の東大出身は、長谷川和彦、中原俊、那須博之の三人ぐらいで、今度は、日大芸術学部出身、或いは早稲田出身の怒涛の時代となった。

文化庁には芸術家海外派遣制度という公費で留学させる制度がある。『女囚さそり』シリーズの伊藤俊也はアメリカへ、『リング』の中田秀夫は、イギリスへといっている。二人とも、今時の映画界ではむしろ珍しい東大出身だ。

そして今は、日芸を出ても更に日本映画学校を入りなおすというように、とにかく実作して学ぶ場所(撮影所)がないだけに、一見、映画が開かれているようで、ひどく閉じている。本当はお先真っ暗な世界である。

立大・現代心理学部映像身体学科、大阪芸大・映像学科、九大・芸術工学部画像設計学科、京都造形芸大・芸術学部・舞台芸術学科映像芸術コースなど、大学はむしろ実作よりも理論や映画史などを学び、だから、蓮實的な映画評論が跋扈する結果にもつながっている。

前振りが長くなったけど、そんな中、友人の講義を見に行った。

昔から怪しい芸能プロダクションばかりなのが芸能界であり、そのなかから間違って急成長し勝ち残ったものが作り上げているだけの映画界なのだから、何を見ても驚かないが、それでもこの講義には驚いた。

専門学校がよく潰れる話は耳にするが、映画学校もネットシネマも、淘汰されていくのだろう。

その日は生徒が二人だった。友人は二人に向かって教えるのだが、私も同じ側に座っているから、なんと言うか講師側が二人みたいな格好だ。2対2のマンツーマン指導かよ、とつっこみを入れるわけにも行かず、採算赤字の授業を見て帰ってきた。

なんか、生ぬるくて寒い風にあった気持ちだった。

知り合いの(というより私の最初の本の)出版社社長が先月、選挙に出た。基地問題でもめている岩国市長選挙だ。

結果は、以下の通り。

井原勝介(55無所属新)  54,144

味村太郎(38無所属新自民)23,264

田中清行(49無所属新)   1,480

高田がん(古くてわからない?)、羽柴秀吉(これも知らないか?)、結局は泡沫候補だったのか。

何かがっかりした。

告示2日前に出馬表明し、岩国の矜持(きょうじ)を示したいと語った。
上智大を卒業後、マグロ漁船に乗り込み、船内の喧嘩で歯を四本折られながらも、そこで稼いだ給料を元手に出版社を興した男だ。その出版社(四谷ラウンド)で、赤字の中、なおも母校(上智大)のミニコミを応援して、出版を手伝い、上智大のシャワーを借りて、会社に寝泊りして仕事をしていた。借金のお願いに、深夜バスで、日本全国突然の訪問をし何とか乗り切ったり失敗したりで、無銭飲食まがいや、地下鉄改札機スーパー通過など、せこい武勇伝を数々持っていて、それでも、その真剣で誠実なところが私は好きだった。

でも一四八〇票は、生徒が二人のゼミみたいだ。

先月、札幌の友人が、駒苫の田中の練習見てきたとメールがあった。<肩痛めているのか、モチベーションが落ちているのか・・・昨夏の迫力感じません。ちょっとピンチです>とのこと。

その駒大苫小牧、順調に久々の公式戦を10-0で、勝ち連勝を三十にした。

今やっている大会は道大会で、関東でも関東大会が行われている、横浜も銚子商に順当に10-4で勝っている。

これは、夏の甲子園の予選ではない。この大会のすぐ後に夏の予選が始まる。

つまり、高校野球の大きな大会は、1、この地方対会。2、夏の甲子園。3、その後の国体。4、神宮大会(新人戦といい、これが結局は春のセンバツの目安となる)。

以上四つある。

それら公式戦とは関係なく、練習試合が行なわれる。

我がふるさとの真狩高校が、偶然の産物で、この駒大苫小牧と対戦した。

5月13日、全道大会の直前の日曜日だ。

【駒大苫小牧高校野球部を応援するblog】http://plaza.rakuten.co.jp/chiryu11という、駒大苫小牧関係では一番情報量があると思えるサイトがあるのだが、そこにもさすがにこの結果は報告されていない。

一体どういう結果だったのか。

温情か、サービスかは知らないが、田中大が、初回の1イニングを投げたそうだ。

2回からは交代。駒大打線も全員が入れ替わり、3軍選手まで出たようだ。初回に9点、2回にも9点、結局47-0だったそうだ。真狩高校は9人しか部員がいないと聞く。

よくやったというか、やはりそんな試合でも見たかった。1安打で零封された。

その真狩もまた全道大会に出場した。

蘭越高校相手の1回戦、1-21の大敗だった。

一四八〇票、二人だけの授業、0-47・・・

もっとも、ニューヨークの「ニッカボッカーズ」もまた、世界最初の(巻頭に書いた)試合では、1-23の大敗であった。

それでも始まったベースボール。

二人からでもはじめよう。

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2006年4月 4日 (火)

横浜ー清峰

何故俺俺詐欺にひっかかるのか。

「俺俺詐欺」ではなくて、「振り込め詐欺」だ、と広義の解釈で変更されたから、マア、俺が俺俺と使うときは、その意味だと思ってほしい。

言葉の言いかえが盛んだ。

メンマ。ソープランド。

ロマ(旧ジプシー)とか、ネイティヴ・アメリカン(旧インディアン)とか、実際に使われる頻度からすると、あまり広まっていないものもあるようだし、ミャンマー(旧ビルマ)や財務省(旧大蔵省)など、『ビルマの竪琴』とか、「ウチの大蔵相が」と、言葉にとらわれるようでいて、遅れている人も未だにいる。「確信犯」の意味が「確信をもって犯行をするもののことではない」などと、鬼の首を取ったかのように、言われても、権威がそういったからって、世間の大波は抗しようもない。

ミリバールが何故ヘクトパスカルになったのかも知らないやつが、ただ「明日から戦争だ」といわれて「そうなのか」と従う愚に等しいイ。

白老日大高が、いつのまにか北海道栄になっていて、土方が土工、エスキモーがイヌイット、ギリヤークがニブヒ。キッチュが松尾貴史って、これはどうでもいいか。

「アー・ユー・ハッピー?」を読めば、矢沢永吉も言っていることがわかるけれども、狙われてしまったら絶対に騙されるのである。

何故といったって、そうだからそうだ。

まあ、しかし、だったら、「どうしたら狙われないか」ということが、最大の引っかからない手がかりとは言えるだろう。それは「俺俺」に幻想を抱かないことだ。

要するに金があるから振り込むわけであり、ないものは幻想を抱きたくとも抱けない。

で、今日の決勝戦。

21-0という大差の試合。

時々こういう事が起こるが、決して凡戦でもない。

前日のPLだって、この21-0で負けた清峰に対して、0-6と完封された。

均衡が崩れるかどうかなのだ。

前日の清峰は4-0とリードして、七回の2死走者なしからなおも1人出て、四番の木原を迎える。この男をしっかりと切り取れば、まだPLに勝機はあった。

ここが勝負のにおいはあった。だからナインも必死に守った。盗塁され、スコアリングポジションに走者を置くも、もう打者勝負だ。

三塁後ろへのファウルフライを必死に追いかける三塁。ライト線のファール飛球に飛び込む2塁手。そのいずれもがあと少し届かない。しかしこれがPLだ。かつての桑田や清原がいた頃の豪快なイメージとは違って、今はスモールボールの典型的なチームであり、むしろそれにプラスアルファを付け加えた清峰という新しいチームに対して、必死の防戦をしている。

ところが、今大会の特徴でもある、攻撃型の野球が、この四番にスタンドインさせてしまう。2点追加の6-0。

勝負あった。

この決勝でも、3-0の後、エース有迫は降板してしまい、ワイルドピッチでいらぬ四点目を与えたが、かえって、攻撃型の試合展開に火をつけるかも知れぬと思ってみていた。

その裏まだ試合は3回裏で、2死無走者から2・3塁とチャンスを掴み、打者は四番の木原だ。絶対的な打者。むしろ敬遠したほうが横浜のためになるとすら思った。それぐらい運だけの勝負だった。恐ろしい選択だった。

そして案の定、木原の打球は痛烈なライト前。

と、そのとき、PLの野手同様に、飛び込む。

それがいつもPLの場合は後一歩及ばないのに、なんとこの横浜、グラブに入る。

アウトぉぉぉぉぉ。

まるでアニメの「巨人の星」だ!!!

このあと、21-0になるけれども、21-0の9回2死走者ナシでのショートゴロで、バッターは1塁ベースにヘッドスライディングする。

普通に考えれば、ここで1人走者が出たところで、逆転するはずがない。

と考えるのは、素人というか、それは勿論、野球の歴史上、多分過去にそんな試合はないだろうが、それでも、1-0でも21-0でも、実は同じ。25連打すれば、逆転勝ちできる。この場面をどう思わせるかどうかで、アウトにもセーフにもなる。

21-0だから負けると思っているように、その魔力は、1-0でも通用させれば、1-0のまま負けさせることが出来る。俺俺詐欺の「文言」を聞いて、或いは読んで。そして振り込むのは、最初から諦めているのである。

海外のマフィアは税金を払っていないという話を聞いたことがあるが、国の法律をどう読むか、俺俺の文章をどう読むか。1対1の勝負の積み重ねである野球をどう見るか。

朝七時に城島の本塁打を生中継で見て、決勝戦の始まる直前にヤンキースの松井の本塁打をまたしても生ライブで見た。

どちらも実力の裏づけがあって、突然変異の一発ではないだろうけれど、かつてのように、(俺俺に)引っかかる人々が「俺俺」の使い手のことばを信じるようには、(松井や城島は)「大リーグ」というものを、仰ぎ見ていないゆえの一発といえるはずだ。

清峰がすぐに頂点に成り代わることもまた近いはずだ。

横浜に21-0で負けていた最終回2死走者なしで、俺の頭の中には、ボブ・ディランの「見張り塔からずっと」が、靜かに、しかし力強く鳴っていた。

田中(駒大苫小牧)のいないセンバツが、やっと終わった。

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2006年4月 2日 (日)

秋田商ーPL学園

秋田商の佐藤洋投手は、試合後、相手高(PL学園)のエースに握手を求めた。

握手した。

佐藤は、甲子園の土を持って帰らなかったようだ。

下手投げのすがすがしい投手だった。

去年の夏で例えれば、まるで「清峰の古川」だった。

勝っても負けても絵になる。勝ち負けを超えて、観ているだけでいい気持ちにさせてくれる。解説の原田富士雄(浪商~近大)は、盛んに、秋田商の守備について、苦言を呈していた。

中盤まで3-0となった時点のPLの5安打全部が、防ぐことの出来た安打だと分析。その理由は、ふらふらッと上がった打球が運悪く外野手の前に落ちる当たりばかりだったのは、実は、内野手がはじめから追う姿勢を見せないからだというのだ。本来内野手が捕るべきものもあったし、逆に外野手に任せるものは、早くに声を掛け合って、自重するなり、行動で示すことが出来る。とにかくその姿勢がないことが、ポテンヒットの要因を作っている、と。

実際のところ、PL(大阪)は攻めが上手かった。着実にバントで送るし、抜け目なく相手のミスをつき、2死からでもそつなく点を取る。相手の嫌がるようなホームスチールなどを絡めて、効率よく1点ずつの積み重ねが、追いかける気持ちを失わせていく。

いかにも田舎のチームといったエンジ色のユニフォームの秋田商は弱そうだ。いつもどおりの黒ですっきりとしたユニフォームのPLは貫禄だ。

しかし、その甲子園常連の風格に臆することなく果敢に攻め入った秋田商の野球は面白かった。智弁や日大三高のような破壊力抜群というのとはちょっと違って、大味ながら、終盤にはそのやり方で互角の戦いになるという、不思議な魅力のチームであった。

1回戦の東海大菅生(東京)戦。東京では既によく知られた名門で、段々と甲子園でも地に足のついた野球をし始めていたから、5回を終了して、8-2とリードした時点で、菅生は余裕のはずだった。ところが、この秋田の打線は、まともに堂々と打ち崩していく。畳み掛けるというよりは、ゆっくりと料理していった感じであった。少々の大味でも、粉砕する実力はあるのだといったイメージで、中盤には捉えて、終盤はしっかりと腰の据わったバッティングで、華々しい打撃戦を制する。

次の試合が、これまた秋田同様に大逆転勝ちした今治北(愛媛)で、打撃戦を制したにもかかわらず守備力が共に良かった両チームが、投手が復活して、見応えのあるゲームとなり、最後は3番の巨体がしっかりと打ち、サヨナラで決めた。本当に強いチームが出来上がっていると思った。

古川に続いて有迫というまたまた好感度の高い投手を擁してきた清峰(長崎)は、もう全国レベルの強豪チームに変貌している。そしてその清峰に食らいついた日本文理(新潟)は、ベスト8中、最も弱く、見劣りするチームと思ってみていたが、清峰戦を見る限り、随分と成長したように見えた。その前の北大津(滋賀)戦は、今大会中、最低の試合に見えた。それが、こうもいいチームになるものか。北大津もまた、旭川実(北海道)戦で、あれほどに攻守を見せたショートの中村が、2つのエラーと、1つのフィルダースチョイスをして、がっかりさせてくれた。

旭川実戦での中村は、最後のゲッツーを含む6つのゴロを裁くのだけれど、いずれもヒット性のきわどいあたりであった。それを抑えて、流れを阻止する役割を充分に果たし、気勢を削いでいただけに、去年の東北(宮城)の加藤政義を思わせるものがあったが、1試合だけの巧守備だった。

早実も選手全員が疲れきっていた。横浜との対決は、荒木と愛甲(Vシネマで活躍。今日、同じくⅤシネマに流れてきていた「紳助竜介」の松本竜介が死去のニュース)が投げ合って以来だという。

早実に延長15回の翌日、9回1点リードした関西(岡山)のライトは、1死1塁で、ライト前ヒットを後ろへ逸らす。走者が帰って同点プラス、打ったバッターまでホームインして、土壇場で逆転、結局このまま早実が勝利する。エラーして追いかける時点から泣いていた。彼はずっと追いかけているのではないか。夢の中で、あの球を追いかける。

あの球を逸らしたからって、世界がひっくり返るわけではない。だけども、今ここが世界の中心で、ナインに、チームメートに、友情を、任侠を貫くから、走って追いかけ、そして泣いて追いかける。平成元年センバツ決勝の東邦(愛知)と上宮(大阪)の再現みたいだった。

9回裏、ヒットで同点に追いついた東邦の、なお残る走者を刺そうとして、3塁手が2塁に投げた球が外野へ抜ける。それをライトが後逸するのだ。転々とフェンスに向かって転がっていく中、走者はサヨナラのホームインをして優勝決定。

近鉄の北川の一発よりも驚いた。全く予感がなかった。

今回の関西のエラ―もまた、全く予感がなかった。

秋田商は、結局、あれほどにPLペースの試合を、これでもかと、途中まで術中にはまりながら、七回は1死満塁で、ゲッツーとなり、これで終わりかと思わせた、9回にまたまた、チャンスを作り、今度は、前田投手に全く合っていなかった3番が痛快な一打を放つ。この3番巨体の佐々木は、前田の球を速いとは思わない、と試合前に語っていたそうだが、そういう気負いがそのまま、この9回の打席の前までは出ていた。そして四番が会心のあたりで続く。前田の顔色は変わった。

秋田は結局負けるけれども、緻密な試合運びが出来なくとも、これでもいいような気がした。勝つときは勝てるし、その勝ち方は誠にもって面白いのだから。

圧倒的な迫力だった駒大苫小牧の辞退で、優勝候補は、随分と落ちるが、横浜であり、それに次ぐのが関西、それを追う智弁と履正社と言われていたが、こうなるとおれの予想は、清峰だ。大量点を取れないPLを打線で上回る清峰は、先制し、なお突き放す展開と予想するがどうか。

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2006年3月30日 (木)

早実ー関西

今大会は、いつのまにか未知の攻撃力が試されているかのようなセーフティーリードの全くない異常で危険な大会となった。

気負いも衒いもなく、どんな点差でも、中軸打者を中心に思いのまま振りぬき、どんどんと早いカウントから細かい作戦もなく好球必打して畳み掛け、点をこれでもかと突き刺し込んでくる。

そもそも、最速150キロ投手と重量打線を率いての優勝候補の最筆頭であった駒大苫小牧の不祥事による出場辞退で、甲子園の地図は激変して始まった。

主役不在の大会といわれ、「打倒駒大苫小牧」の大目標が消えてしまい、かえって肩の力が抜け、それが途中からニューヒーローを名乗り出るかのようなものすごい展開となった。

今日も雨の中、四試合、全く目が放せないが、それにしても昨日の延長15回引き分けゲーム(早実-関西)だ。

まずは第1試合から波乱含みであった。強打の智弁学園(奈良県)が、逆に強打でひっくり返された。

第2試合こそがものすごかった。横浜(神奈川県)を相手に初出場の八重山商工(沖縄県)は先制され7-0となる。しかも守備の乱れも出て、そこに漬け込まれた一方的な試合展開だ。

ところが1点1点返すというよりは、これまた堂々と振りぬき、これでもかと一人一人まともに打ち返して、襲い掛かっていく。破壊力抜群の打線は7-6と一点差まで追い詰め、9階裏は2死2・3塁で鋭い打球がショートに飛ぶ。非常に堂にでもなるような微妙な当たりを、最後は横浜の攻守がしのいだ。

そして第3試合である。

早実(東京都)というチームは、ユニフォームも変わらず、昔の高校野球の目標(文武両道とか健全な精神とかいったもの)として掲げるイメージそのままの「よさ」が現れた選手たちを送り込んできたように見える。気持ちの強い投手を中心として、よく鍛えられた守りと、確実に点に結びつける攻撃力とで、よくまとまったチームだ。活にしても荒っぽくなく、負けるにしても最後まで期待させるまさに甲子園ならではの人気のチームだ。

そして関西(岡山県)は、駒大苫小牧に秋の神宮大会決勝で敗れた、ある意味では2次的に仮想優勝候補とも言える、実際に王者の風格の漂う怖いチームだ。

優勝を狙える両チームが、古きよき時代の名残ある名門と、新しい波の強豪との一騎打ちの試合とも言える。

そしてこれまた乱打戦となった。

関西の3・4番。左打者の上田、右打者の安井は、すザマじい打者だ。特に170センチと小柄ながら、長打力をいかにも秘めた構えの安井は、昔のパリーグの四番打者(半球の長池、近鉄の土井、投影の大杉といったそれぞれのわが道を行く打法)みたいな変則フォームで構える男だ。

9回裏に無死1・2塁となってこの3・4番を迎える。点差は3点。

打ち気満々の3番上田は、この日、七回に追撃の、そしてチームの目を覚ますにふさわしい2点本塁打を打っている。闘志むき出しの真っ黒い顔で、整然とした気持ちで抑えていく早実のエースさいとうに対して恐怖充分だ。

これに死球を与えた。さあ、無死満塁で四番安井だ。

怖い怖い。外角高めの甘い球を逃さず思い切り叩く。打球は右中間の一番深いところにぐんぐん伸びる。入った。そう思った。

逆転満塁(つり銭無し)サヨナラホームラン。いや、しかし、あと少し距離が足りず、走者一掃の同点3塁打にとどまった。

早実は満塁策をとる。動転の9回裏無死満塁絶体絶命。ところが後ろに抜けそうな投手ゴロを落ち着いて裁きゲッツーで次打者を三振、何とか踏ん張り切り抜けた。

駒大苫小牧の消えた激戦の甲子園は、戦国の様相を呈してきた。

大会のはじめは投手戦で始まった。愛知形成が逆転サヨナラ勝ちした9回表のセカンドのトンネルから、にわかに打棒が騒がしくなった。あのトンネルが火をつけた攻撃力全盛の大会は、大阪湾を炎上させて、とてつもないことになって来ている。

ノーガードの打ち合いを、選手個人の力をイ遺憾なく発揮して伸び伸びとやっている。

それがただの乱打戦とならずに、見応えを持ちこたえさせてくれているのは、守備力もまた徹底してきっちりしているからだ。エラーが殆どない。

特に、高校野球特有の、いかにも緊張でエラーしてしまい、その後の悲しいゲーム展開というのが、まだない。エラーで自滅していくチーム。均衡が破れると途端に一転して惨めな一方的展開となる。それがない。

中軸打者を中心とした強打の打線の振りぬいた打球がとにかくいい大会だ。

友情とはなんだろうか。『ゴッドファーザー』という映画で、マフィアのボスであるドン・コルレオーネが、私が君に何をして、君が何をしてくれるかだ。という意味の言葉を吐くが、これをただギブ・アンド・テイクと誤解して、持ちつ持たれつの癒着と解釈する人がいるが、それは良くわかっていない。

友人とは「親しい他人」のことではなく、むしろ「親しくない自分」だとは、哲学者たちの語ってきた一つの説だ。

自分(或いはもうひとりの自分とも言うべき大切な存在)に対してならば、その相手に対して道具として扱うような、家畜としてみなすような、“利用”のしかたはしない。

付き合うこと、そのこと自体が目的化する。

しかし、「あなたのためなら一生を捧げます」とかなんとか言ってみても、ぺこぺことしている割には、心中では「道具として利用いてやれ」といったもので、家畜とみなしているようなもので、それはお互い様で、そんな縛りの元、壮烈な打撃戦が展開できるか、どうか。

あなたより何より、ただの「自分」が見え隠れする。

人間は自由に友情をはぐまなければならない。

いい試合だったと、相手と抱き合うのは、「勝つ」という目的の上では敵でありながら、その敵対関係が終わって、一緒によくやったと言い合う仲間のことではない。

確実に敵のまま、たたえあって、抱き合うのである。

悔しさのまま抱き合うのである。

日本がキューバを下したWBCの決勝戦。その後のイチローの態度。

そして高校野球。

少しは頭を働かせて、試合を見る。

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2006年3月28日 (火)

延岡学園ー今治北

野球は筋書きのないドラマだ。

使い古された言葉だけれども、それを本当にかみ締めている人はどれだけいることか。

野球は面白いとか何とかいったって、じゃあ、いま行なわれている、春の選抜高校野球を、どれだけの人が見ているか。

50%を超える視聴率であれほどに目を引きつけたWBCの後、野球は面白いとか何とかいって、何%の人が何を見ることになったのか。大して野球が好きなわけでもないだろう。

それに、ボルテージが高いようにも見えたが、準決勝、決勝とWBCは本当に面白い試合だったのか。おれはそうも思わない。

面白い試合は、どこかにいきなり現れる。何もそれはベスト8や準決勝、決勝というわけではない。1回戦に突然現れたりする。予測が付かないから面白い。

センバツは、第5日にして、とんでもない試合が現れた。めちゃくちゃに面白い。

それは第3試合だった。延岡学園(宮崎県)は、九州では清峰(長崎県)と並び、全国でもAランクの強豪だ。一方の今治北は、ワンランク落ちるも、なかなかにいいチームで、特に長打力を秘めた3・4番が切れ目のない打線を引っ張っていくと、面白い存在になる。

そして両チームとも守備が抜群で、その土台の上にかさにかかった攻撃力を持っているから、この戦いはレベルの高い試合が見られる。そういう期待があった。そして案の定、その通りになった。

延岡学園

今治北

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12

その前の第2試合は、9回まで投手戦となっていた。9回表2死ランナーなし。金沢桜丘(石川県)の三人目の打者も平凡なセカンドゴロ。あっ。トンネルだ。

ここから流れはあっという間に金沢に傾き、2点を取って3対1となる。しかし、オレは、このもう1点が余計な気がした。2対1ならば何とかしのいだろうけれど、さらにプラス1点で3対1になったことが、何かゲームを動かしてしまって、落ち着かない雰囲気を与えたような気がしたのだ。

二日前に早実(東京都)に負けた北海道栄(北海道)にも、七対0と大差の試合ながら、実は少し期待していた。というのも、初回にいきなり四点を取られるも、その裏1死満塁となって、小細工なくまともに攻めて、0点だったからだ。もちろん1点をまず取りに行かねばならぬのだが、それよりも大きく揺さぶって、でかい流れを掴もうとする野球なのだろうという大型チームの匂いがしたのだ。結局はよく大型チームが負けるパターンで大差で押し切られたが、ゲームを揺さぶる匂いだけは終盤まで残っていた。

さて、この日の第2試合は、2点という9回までにはない大きな得点こそが、どうにも怪しい匂いを発していた。9階裏には、ざわついた雰囲気のまま、変な打球が飛び、何となく効率よく3点を取ってサヨナラ勝ちとなった。

その後の試合だけに、これはきびきびした両チームでエラーがなくとも、何か大きく動くような気がしていた。

まずは四点を今治北(愛媛県)が取るが、この取り方がすさまじかった。3番四番の打棒を見せ付けるに充分なもので、ちょっと実力不足のチームなら、これだけで押し切られていただろう。ところが、延岡も負けていない。しぶとさと集中力があって、9点を取る。この時フラフラッと上がったおかしなテキサスヒット(野手のいないところに落ちるヒット)が3本続く運もあって、魔の5回という結果に完全になってしまった。それでもこの試合はどうもまだ決着が付いていない匂いがプンプンしている。

そもそも初回から、エラーはないが、どんどんと勢いよく攻める両チームの打球は速いし、何より仕掛けときびきびした積極さが、明らかに点数をどうにでも牛耳るという力を感じさせていた。マリナーズが強かった3年前ごろに突然と襲い掛かるインデイアンズとか、もう手が付けられなくなる爆発力を秘めているのだ。