俳優さんを抜擢するプロデューサーや監督というのは、一体何を決めてとするのだろう。
演技力なのか、好き嫌いなのか、所属事務所の力なのか、はたまた得体の知れぬ力が作用して、結局誰の目にも不可解なキャスティングがされたことも数限りなくあるだろう。
毎回インタビューしながら、使われる身、待つ身(物書きとしての自分もまたそうなのだが)のはかなさよ、と、つい考えていた。
実は、今日の三重高の試合を見ながら、そう思ったのである。
読売の監督・原辰徳もまた、好き嫌いが激しいようである。
仁志敏久という選手は、それほどにオレの好の選手ではないけれども、しかし、ここ数年の高校球児にとって絶大な人気がある事は、原監督もあまり知らないであろう。
かつてなら広島商、そして池田、PL、近年の日大三、智弁和歌山といったパワー野球の中に、一花咲かせた常総学院野球は、そしてそのなかでも仁志敏久は、その後の球児たち確実に憧れの的として刻印されている。
そのことには、タイガースファンであるオレも、敬意を表している。
彼が起用されないのには、他の理由もあるのかも知れぬが、しかし最大の理由は、原という男の好き嫌いであろう。
岡田にワールドカップメンバーから外されたキング・カズ。
大して引きのカメラ(ロングショット)で見る力もない奴に、一つ二つの一面の真実を使って的外れな寄りのカメラ(クローズアップ)でもって、全体像を隠されてしまうような後味の悪さ。
映画は(たちえ行き過ぎでも)個性の表現力が作用するからまだしも、スポーツの場合は、特に、団体ゲームでは、くだらない指揮官の個性(『ドラえもん』のジャイアンの歌う歌)は、ただただ迷惑である。
唐突だが、そしてあまり言いたくもないのだが、オレはなぜか嫌いな部類というものがある。苦手といってもいい。
それはカズを外した岡田にもいえることであるが、駄目なのである。
あまりにも当たり前すぎるから、みな言わないけれど、大雑把に言うと、頭を使う仕事の人のほうが、眼鏡をかけている人が多い。
幸か不幸か、オレも何故かものを書く仕事であり、新聞、雑誌などの出版社、(現場でないほうの)映画関係、みな眼鏡が多い。
オレはかけていない。
だからいいたくないのだけれど、眼鏡をかけている人が、どうも・・・。
もともと子供心に印象としてあるのは、学校の先生である。父も親戚のおじさん連中もみな眼鏡をかけていないが、一人だけ親戚一同でかけている人がいた。
その人は税務署に勤めていて、父の妹の夫であった。親戚みなが集まって、賭け事(花札やマージャン)を、それこそ年末には札束ごと賭けるような荒々しさでやっている中に加わる事はなく、うらなり眼鏡を恨めしそうに磨いていたのを今でも思い出す。
むしろ立派な人なのであるが、オレの家系においては、マイナスイメージが出来上がっていた。
今、トラック雑誌の連載をしているが、時々トラッカーさんのグループ(団体)の集会に、とびいりで参加させてもらうことがあるが、みな眼鏡を掛けていない。掛けているのは、やはりそのなかでもインテリタイプである。
眼鏡をかけて痩せている人が、どうにも嫌いである。
あと、テレビゲーム(ビデオゲーム)やパチンコが下手な人(出来ない人はもっと嫌い)が嫌いだ。
さらに言えば、車の運転が下手な人(出来ない人はもっと嫌い)が嫌いだ。
ある偉そうな脚本家が、「映画はバカにまで観てもらうものではない」というのを聞いたことがある。いや、実を言えば、毎度そういっている。うらなり眼鏡を掛けて痩せている。
お客さんが「分からない」というものを残すのがエンタティンメントなのだ。バカにもわかるというものがエンタティンメントではない、と。
随分と高みからものを言っていると思うのだが、こちらも、こちらの高みからものを言うと、こいつは自動車を運転もしないし、たぶんパチンコも下手であろう。
頭がいい、なんてのは、逆に言えば、眼が悪くて、眼鏡使用(カネもかかるし、煩わしい)というハンディも負う。
「バカには見て欲しくない」なんて意見は、「眼鏡の方はお断り」というのと何ら変わりない。
まあ、そんなことを考えた。
そして、この眼鏡が大手を振って通用している世界では、オレは読売における仁志敏久の状態になるのは仕方ない。
さて、もう1つ、逆にオレが気に入られる世界がある。任侠のほうだ。風貌が、眼鏡ではなくキャデラックだから、仕方がないのかも知れぬ。
昔、東映大泉撮影所の照明さんで、「キャデさん」というアダ名の人がいたらしい。理由は、木偶の坊というか、ウドの大木というか、そういうことらしい。
よく言うよ。偉そうに。
それで、ヤクザ映画を精力的に製作している会社に取材に言ったことがあった。
そこの女社長が、ゆでたてのゆで卵を山のように、それも大きなサイズのものを、もってきた。
なんでまた???
非常に違和感が合ったが、何故かピンときた。
その時、俳優さんもいたし、脚本家さんもいた。
オレも、うまいうまい、と手いっぱいたいらげて、全部があっという間になくなった。
ナンだったのだ。儀式かよ??
世間口組みの5代目組長渡辺芳則は、その前は山健組の2代目組長である。
山本健一率いる山健組は、山本健一はじめ、ほとんどみな圭佐チュに引っ張られて、残ったのが、組ナンバー2に当たる男と、渡辺であった。山本健一の妻で、むしろ山健組の影のボスとさえ言われて恐れられた(組の幹部の妻連中を集めて夫の操縦法を伝授していたという)は、その時、ゆで卵をナンバー2に食べさせたという。その時の食べっぷりが悪かった。「アカン、こいつでは組は任せられん」という事で渡辺に白羽の矢が立ったという事を、オレは少しダブらせていた。
いや、東映の映画『制覇』とか『日本の首領』やVシネマ『実録・史上最大の抗争』でも、似たようなシーンがある。
それによって抜擢される。
インテリ眼鏡はたぶん、こういう場面において、卵を半分で残したりするだろう。
映画を分からないのがバカなら、気持ちを分からないのがインテリだ。
まあ、それもいいとして、今日の第1試合の146キロ投手三重の梅村は、2番手でよかったのではないか。2番手に出てきた岸江こそが先発向きの、試合を作るタイプではなかったか。
40・1/3イニングで59奪三振という怪物である。
奪三振率は9イニングで幾つの三振を奪うかを表す数字で、40・1/3を9イニングに直せばいいわけだ。つまり59個に9をかけて、40・1/3でわる。それを分かりやすくするには、40・1/3を3倍すると整数(121)になるから、わられるほう(59×9)も3倍する。59×9×3÷121という事で、計算すると、13・17だ。
ところで今大会注目の田中(駒大苫小牧)は、第3試合に日米16球団のスカウトが押し寄せたというが、彼の地方大会での奪三振率は、13・23だ。
それに匹敵する梅村は、当然に田中同様、関東を目指しての大エースであろう。
しかしだ。このチームは、駒大と違って岸江がいる。
梅村は、古い時代のエースに見えた。
かつて四番でエースの大黒柱が中心だった高校野球は、役割分担が進んで、70年代に入ってからは、打力に重きを置かない大エースが登場する。江川卓も、非力なチーム(作新学院)では3番を打っていたけれど、そしてバッティングセンスも非凡ではあったけれど、決して打つイメージはなかった。ところが、70年代後半から古きよき荒木大輔(早実)に対し、投げても打ってもの愛甲猛(横浜)や金村義明(報徳学園)が襲い掛かる。
またしてもエースで四番の時代だ。
2004年、駒大と優勝を争った済美のエース福井も9番では会ったが、もっとも怖いバッターの一人であった。全員が打つのが今の野球だ。
この梅村、バッティング練習をしているのか?
畠山、水野の池田高校、桑田のPLは清原も更新のマウンドに立った。福留も四番で投げた。今大会の堂上(名電)も中田(大阪桐蔭)も投げる。八重山の金城もそうだ。田中(駒大)も長打力がある。如水館の四番エース山根は、中田に次ぐ地方大会四本塁打の十三打点だ。
この山根を含め、エースで四番は、2年生エースの甲府工と松代(長野)の3校しかないが、投手が下位打線を売っていても、決しておざなりではない。形として負担を軽減するために下を打っているだけであり、本物の下位(安全パイ)となっているわけではない。
三重の中田監督は、「野球は投手がすべて」といっているが、それはピッチングだけではない。今は投手も打つ選手でなければならないのだ。
そしてこういう選手がいると、攻めがギクシャクして荒くなる。
四回表ホームランの後3安打が出るも、結局は1点しかとれない。
選球眼や揺さぶりがないから恐くないそれもこれも、エース中心でマも行き労という姿勢が、試合構成を台無しにしている。
なぜ、岸江の先発で行かないものか。
梅村は、熊本工の打線の恐ろしさでもって、結局は制球力を崩し、立ち上がりのペースをつかめない。また熊工の球を見る力が秀でている事も確かであった。
最後は15安打の三重を、5安打の熊工が、6-4のスコアで押し切った。
今日の3試合は、全部このパターンで、総合力の上回るチームが、よりきりで勝った。
昨日の第1試合で強打の智弁和歌山がスモールボールで勝ち、静岡商の高校野球らしい9犠打で、明らかにダ激戦が改称されてきたように見えるが、実際は、140キロを超えるスピードの好投手をそうそう打てるわけでもない。
それでも、天理と本荘が行なった第2試合は、両チームの監督共に「ロースコア(点数の少ない試合)になるだろう」といっていたのに、両チームとも甘い球は打ちまくる。
ここでも本荘の先発(ムードメーカーみたいな男)が気になった。この男(高橋)は2番手でいいのではないか。
2番手で出てきた141キロを投げる伊藤卓の方が、気分に流されずに、先発にはいいと思った。
先発の高橋は、はっきり言って駄目だ。
よくボクサーで余裕も無いのに、ある振りをして顔を前に突き出してみたり、手を広げて相手を挑発したりする選手がいるが、逆に自分の苦しさを誤魔化そうとしている場合が多い。
この日の高橋の笑顔はまさにそれに良く似ていた。自身の無さの現われでもあった。
、0-2とリードされて、無死1・2塁で、ボールカウント、ノースリーとなったところで歯を見せて次のボールが外れストレートの四球。
アナウンサーも「笑顔は見せていますが・・・」
そして4番藤原に走者一掃の3塁打(記録は2塁打と転送の間の進塁)を打たれ、直後の初球を5番高橋に本塁打される。さらに次の6番森本に三遊間を破られ、この回1死も取れずに降板。しかしライトに回ってやはり笑顔。
こいつはアホか。
本荘・尾留川監督のモットーは、「礼儀正しく爽やかにプレーを」という事だが、あの笑顔は一体なんだ。
結局は天理を2点差まで追い詰めるも5-7で負ける。
第3試合の南陽工も、田中のボールダマに手を出しすぎだ。
随所にいいチームである事が分かるプレー(というより積極性)があるのだが、試合巧者にはなれなかった。
2回表4-0となっての1死1塁で、駒大は送りバントを決めたが、消極的過ぎる気がした。
これが元でもつれる展開となるが、しかしこれがゆえに勝ったともいえる。
荒れた試合展開にならないよう、引き締め続けた。
本来は、4-0のあの場面で送りバントしないで、強行して、意気消沈している相手をつぶす可能性は高かったが、まかり間違って、不運な当たりや流れとなってチャンスをつぶすと、全く予想できない展開が待っていたりする。現にそうなった。
だから、今大会見ていて、チーム全員の打力が一番、次に投手の最低限のスピード、そして機動力と緻密な攻め、さらに守備力。結局は総合力であり、随分と当たり前の結論になってしまった。
田中の165球・6四死球・14奪三振は、褒められたものではない。
三重の怪腕・梅村は、9四死球・5奪三振であった。
明日は東北対九州が2試合ある。
もちろん応援するのは決まっている。
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