今日、エンケン映画の試写を見てきた。
そのことについて書く。
Vシネマの現場で、エンケンさんといったら、遠藤憲一のことであって、皆ほとんど遠藤賢司については知らないので、がっかりしたことがあった。
しかし、実際はどのくらいのファンがいるというのか。トリビュート・アルバムが出るぐらいだから、凄いブームが来ていたのかもしれないが、そして、HPの「エンケン秘宝館」を見ると資料も記憶も充実していて、なにやら凄そうなのだが、オレの洞察力が間違っていなければ、著しくマイナーのままであると考えている。
大きなお世話だろうが、マイナーでなければ、あの小宇宙とスピードと、ちょっと舌打ちするような怒りの持続と、そして生半可ではない「頑なさ」は、生まれようが無いはずだからである。
それはまた、オレの事を言ってもいるのだ。
エンケンの前には、カップスも高田渡も、映画を作った。どっちもライブだけでは持たないから(一方はエディ以外は現役とはいえないし、一方も元々オールスター・キャストの中の一部でしかないから)、全篇ライブという作り方にはなっていない。
もちろんエンケンもそういう作りをすれば、もっと味も深みもハプニングも撮ることが出来ただろうけど、だけど、まだ、エンケンは知られてはいない。この歳にして知られてはいない。大きなお世話だろうが、カップスはカップスサイズに収まり、高田渡は、高田渡のサイズで、逝き切っていった。エンケンは、このサイズで語られてしまってはおしまいである。だから「次」を残すためにも、まずはライブ、それも結構中途半端なライブでなければいけなかったのである。
と、オレは思う。
熱狂的な人間はいつもどこかにいて、その人間のアンテナには引っかかる。エンケンは、そこで終わってはならない。
知り合いの映画雑誌に、「次号で、エンケンの映画を取り上げてくれないか」と、誘ってみたら、「もう少し早かったら出来たのに、残念でした。もうページ埋まっちゃいました。そこまで谷岡さんが好きだったとは知らなかった。だったら、もっと早くから用意しておいたのに」とのこと。
オレもなんというか、いつも試写をだらだらと見過ごしてしまう。必ず好きな映画に限って、最終試写まで残してしまう。これがしかしタイミングというものであり、オレは本当にエンケンさんに会いたくて、インタビューしようと思っていたのでもあるけど、一方で、エンケンさんには悪いが、オレがもし書いてしまっては、心中するような気がして、あえて、避けていた気もするのだ。
どういうことかというと、オレの文章は、完成されてはいないけど、ラモーンズみたいに最初は速さを競っていた。誰と競っていたわけでもなく、世界最速を競っていた。文豪だろうが、エロだろうが、スポーツだろうが、どの文章を読んでも、すっきりしない。遅く感じてしまうのだ。じゃあ、オレが書こう。そうしてカメラのシャッターを切るように、人の生き様を切り取っていこうと書き始めた。
そのひとつの仕事の枠内における急ぎ方は、周りにあまり似ている奴がいないとずっと思っていた。そして音楽でいえば、エンケンさんぐらいしか思いつかなかったのだ。
たとえばニール・ヤングならもっと分厚く音をかぶせてしまうけど、一人ではないから、コンビネーション、アンサンブル、コミュニティーに向かう共有感があって、しかしその前に、人間はまず一人であって、一人、道をきわめて、孤独に捨てられる様を、アンド無様を、味わわなければならず、そこでのスピード狂ぶりは、まだまだ誰も満足できないのに、次の段階にいってしまう。オレはいやだ。人がいて生きている、生かされている、というが、そりゃあそうではある。だけど、生かされるのも、許容され、認知されることから、ロボットのように生かされ、奴隷のように生かされ、死までの時間を生かされるだけなら、くそくらえだ。待てよ。待ってみろよ。まず自分で生きてみろ。
オレは胃がんで胃を全部とったけれど、胃の切除手術は、始まって、そう長い歴史ではない。しかも初期は、殆ど生存率が無いに等しく、今だって、全部を取っている奴はそうはいない。またがんに罹る年齢も早い奴ほど進行も速く、逝っちゃう奴が多い。そこで、オレは「史上最長寿の胃無しジイサン」になろうと決めている。この辺の考え方も「史上最長寿のロックンローラー」を目指すエンケンに似ている。
おこがましいが、ダブる部分は多い。
関係ない話だが、「ダブル、オッケー」と、最近のキャノンのCMに出ているシャラポワがやけに目に付く。あのモタツイタしゃべりは、頭がアホなのがばれてしまうではないか。電通か博報堂か知らないけど、悪意でもってそういう見せ方をしているのか、それともどう撮ってもアホなのか。
オレもダブルオッケーな気分で、エンケンと同じスピードで、近寄っていっては、あいつら二人ともバカだ、といわれてしまうようで、それを浅はかにも恐れていたのだ。
もちろん、この映画に関するエンケンを評するいい記事は出るとは思うけど、ただただトリビュートだの、リスペクトだの、カリスマだの、下らん横文字を並べた記事が出るのでは、何がオッケー牧場だか分かったもんじゃねえ。
昔、萩原健一のコンサートを観に行ったら、普段のテレビや映画などで見るショーケンとは違って、妙な空手や自己陶酔したスタイルを押し付ける部分もあって、オレはそこまで乗れたけれど、一緒に言った奴は、明らかに「引いて」いた。
「何か変な宗教に入ったのかしら」とか「麻薬でもやっているのだろう」とか、そういう許容量でしか世間というのは無い。それでたとえば捕まったら、「やっぱり」と。
何が「やっぱり」なのか、説明してみろよ。
などとオレが怒ったら、こいつも同じ穴の狢だと思われるわけだ。
ガンになったときも、自分で自分を褒めてあげたいじゃなくて、やっぱりって思ったよ。それは自分で思うんだからいいんだよ。人が「やっぱり」なんていったら、それこそ何が「やっぱり」なのかって問うよ。
だから、今のところ、エンケン映画についてオレが登場するのは差し控えようと思ってもいたのだ。
シャラポワの、たかがCMの15秒や30秒で、お里が知れたり馬脚が見えたりするように、人間は、ただ会えばいいって物ではない。
エンケンさんに会うには、もう少し時間が要る。タイミングか悪いということは、それだけ神の配剤だ。よかったよ。自分が何者かで無ければ、あったって、お互いが面白くも無い。「何者か」とは、有名無名とか、業績や肩書きとか、そういったことではない。テニスの技術を盗みたい(或いはグラビア写真をとりたい)人間でもなければ、シャラポワに会いたい奴など、そんなにいないはずなように、有名だからって、何者かというわけでもない。
モハメド・アリに「あなた凄いわね。ビートルズと会ったんだってね」と尋ねたら、「それが別にどうってことないんだ。丸いメガネをかけてた男以外は、大したことなかったよ」といってるわけで、ジョン以外は当時のアリにとっては、何者でもないわけだ。
東宝という映画会社の第一期ニューフェースの女優さんの知り合いがいて、当時(特に東宝争議を中心とした団結の時代)から目立つ人物ではあったのだろうけど、彼女に随分とかつての大スターや監督などに会わせてもらったことがある。今は亡き、伊藤武郎、花沢徳衛、山田典吾といった伝説の人物にも、何度も会って、かわいがってももらったのだが、実際自分が何者でもなければ、相手にとっても、やはりそんなに面白くはない。山田典吾監督は、全く現場未経験のオレを助監督で使ってくれるという嬉しすぎるお誘いも頂いたのだけれど、出来もしなければ、場所を汚すだけなのだ。岡本喜八、福田純、川本喜八郎、何回も会ったけど、ろくな質問ひとつ出来ないのだ。三船敏郎の家にも行った。一生懸命、三船の作品全部を見たところで(しかも全部なんてとても見ていない)、その時代背景や特殊な撮影所の中の事情などを知らなければ、相手にとっても下らん質問は失礼だと思う。オレの場合、身だしなみなどでは平気で礼を失することをやる人間ではあるが、的外れな質問をするとか、わかったフリをして相手を霍乱するということはしない。そういう時は、普段はおしゃべりなのだけれども、聞くだけに徹する(但し相手が好きなら)。
池部良、三橋達也、谷口千吉、小泉博、植木等、八千草薫、司葉子、随分と会わせてもらったけれど、だからなんだというだけである。
何者でもない奴が、会って、サインでももらおうというだけなのか。それは別にどんなことについてもいえるのだ。一方、大スターであっても、どうってことない奴もいる。それはみれば分かるよ。ダブルオッケーなんて言ってる奴が、凄い女に見えるかよ。
また話がそれすぎた。
エンケンは、昔から、オレにとってさえ「危ない奴」の一人としてぐらいしか、認識してはいなかった。ところが、八八年十月二十日はオレの誕生日で、テレ朝の深夜番組「プレステージ」のフォーク特集第1弾に、エンケン登場。あれ、まだ現役じゃン。
しかしこのときはそれぐらいの印象であった。梶原しげるが大好きで、まだこのころは梶原茂だったと思う(シーゲル梶原という名で怪しい英会話レコードも出している)が、プレステージを、毎日見ていた。今は国会議員の高市早苗と蓮舫のふたりに飯干(今は飯★)恵子も月曜日だったと思う。梶原の文化放送「本気でどんどん」も最終回まで聴いていた。
そして12月のプレステージにまたまたエンケンが登場するのだ。このときはエンケンとそして加奈崎芳太郎の二人が圧倒的にカッコよかった。
とにかくエンケンの「輪島の瞳」はもちろん、「ほんとだよ」にイッテしまった。
そのときのバージョン(エンケンは、ひとつとして同じバージョンでやらない、それはしかし人間である以上は当たり前なのだが、形に捕らわれている奴は、進歩を考えないから型にはめ込むわけで、結局同じアレンジで退屈そうに歌うやつが多い)は、オレが聞いた中ではライブも含めて一番よく、にもかかわらず、ゲストで聞いていたバカが、終わる直前に、まさにあと弦2回だけ弾くその直前に、拍手を入れ、はっと気づいて、拍手がやまって、2音が入ったあとに、拍手という変な音になってしまったのがとても悔しいのだけれど、一期一会、しょうがない。またあの演奏をお願いしますといったって、できないわけで、だからあれ以上の「ほんとだよ」を求めて、以後、オレは彷徨うことになったのだ。
『ゆきゆきて神軍』という映画があって、待ちきれずに初日に見にいったら、この映画、きっと上映中に警察に踏み込まれて、いきなり上映禁止になるのではないかと不安で見ていた。だからその後1週間の間にもう2回観に行った。必ず見ることが出来なくなると思い込んでいた。
エンケンが2度目にプレステージに登場した時、まさにそう思った。何か途中でCMが入る気がしてしょうがなかった。殺気もあったし、まだこんな奴がいたのか、と思った。
安藤昇が、昔のキネマ旬報のインタビューで、オレみたいな奴があんまりメディアに登場しちゃあやばいでしょう、と語っていたが、エンケンも危険印を貼られるな、とそのときは直感的に思った。
「新宿見るなら今見ておけよ」と、花園神社でやってる頃の唐十郎が言っていたように、エンケンもまさに今だ。そう思って追いかけ始めたのが、その直後からで、アンジー(というバンド)を追っかけていた妻も、エンケンを知って、すぐにオレに合流した。90年代半ば胃がんになるまで、ライブに通った。ファンクラブに入り、斉藤図書之介編集の遠藤賢司新聞「純・音・楽・も毎号とどいていた。妻と二人、大晦日をエンケン・ライブで年を越した。しかし対バンでさえもあまり人は多くなかった。大きな会場では、やらなかった。それも良かった。ライブ会場でエンケンの雑貨がバザーとして売り出されているときもあり、オレは1冊100円のガロのバックナンバーを10冊も買って帰りに難儀したりしたが、やっぱりテレビに出ても、あんまり人は来ないなあ、と思っていた。貧乏人バかリが来ているのか、バザーもあまり売れていなかった。
だけど、そのころのエンケンしか知らないけど、映画を見て、ビックリしたよ。今も全く変わらずに、感性はさらに激しく掻き立てて、技術的にはもっとすごくなって、「紹介」としては充分な映画だったよ。
みな知ったかぶりはするけど、実際ライブにいくと、オレの通っていた時期はずっと人が少なかったから、やっぱり知られているというほどに知られてはいないはずで、本当はそのオレの一番好きな「ほんとだよ」が映画の曲の中にもあれば良いわけなのだが、レイトショーでやるには、このぐらいの時間内で収めてほしいとか、劇場や配給の都合もあるのであろうし、結局規格から外れるわけにも行かず、だったら、「紹介」にとどめておこう、となったのだと思う。そして、それで充分いい。実際ライブのほうがずっといいことは合点百も承知の輔で言うけど、見たことないやつが多いわけで、その人たちへの導入部として、もうこれは仕方ない。「輪島の瞳」も、この映画を気に入った人が、ライブで確かめてくれ。それだけだ。
忌野清志郎が150万円もする自転車を盗まれて戻ってきたというが、この映画の冒頭は、イマワノと大して変わらない(いや正しく見ればずっといい顔をしている)顔のおっさんエンケンが、リサイクル屋で150円ぐらいに値切って買ってきたような自転車で武道館に現れる。何度も被写体にはなっているのに、主演映画もあるのに、その自転車シーンは硬い。だけど、いいよ。
スターリンでも、鮎川誠でも、同じようにライブ一発で映画を一本見せ切ることが出来るだろう。それは、高田渡やカップスとは違う、「実は」という説明抜きの音自体の力がいまだあるからだ。しかし、にもかかわらず、エンケンとの決定的違いは、もう「知られた」という安堵の匂いが漂っていることだ。エンケンの中には、「ただ凄い大物の一人」には決して納まりたくない、未だ主張したりない何かがある。満足できない何かがある。本当は音楽自体どうでもいい、たまたま音楽で表現している、沸き起こるエネルギーの塊、ここでペダルを踏むのをやめてしまっては、その塊が、ただの石ころと化すわけで、そうなっては、おしまいだ。
まだまだ純度が足りない。
エンケンに教えられたのは、いつでもその場で狂え!ということだ。今ここが宇宙の中心である。オレのいるこの場所が中心である。そこから感動の源を生む。作り出す。静かに静かに発想し、いつそれが起こるか分かりゃあしない。
誰だって曲を書いている瞬間がある。それが突然「ストリート・ファイティングマン」であったり、どこの誰にも不評で聴いてもらえない曲もある。
それは文章でも同じだ。大手の大媒体に書こうが、商業誌ですらなく、このただのインターネット上に乗るblogの上のたわごとであってさえ、その傑作はいつ誕生するか分からない。そう思って、その予感に身を震わせながらオレは書いている。
同じだよ。上質の紙の上であれ、ダブルオッケーなアホがふと漏らした言葉であれ、感動する奴がいればそいつにとってのかけがえのない玉なわけだ。
『早春スケッチブック』の山崎努、「8・1/2」のフェリーニ、そしてエンケン、狂えとまともにいった奴は、そうはいない。
何者でもないやつが、ただ言ったからってしょうがない。
オレも、その「狂え!」が、照準を合わせ、ぴたりと歴史を呼応する瞬間を求めて書いているのである。
だから、それまでエンケンさんには会わない。
映画のラストシーン、エンケンはありがとうと言ったあと、また会おう、と続けた。
そうなのだ。この映画、また会うためのプレステージであったのだ。
そう思って見てほしい。
そのあとは。
いうだけ野暮だ。
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