札幌で。あるいは小樽。
どうもありがとうございました。
といっても、いきなりこのページを見た人は、何のことかわかりません。
それは、札幌でのことであり、まあ、ぴんと来た人に届いてくれると、ありがたく、ホント、感激屋としてのオレは泣いています。ベッドの上じゃないけれど。
札幌での少々以上の憎まれ口、ご勘弁を。
こういうときに限って、たまの3日間家を開けただけで、メールと郵便物が山のように(というと大げさなので小山のように)たまっていました。ゲラのチェック、原稿依頼、女子野球の資料、質問の回答、トラブル、その他その他。
ところが、実は、昨日、それどころではなく、気が動転し大変な事態に陥っていました。
小樽の駅で電車に飛び乗ろうとして、デジカメのないことに気付いたのです。
あっ。
たった今、車(小樽市内を観光していた)を降りるまで写真を撮っていたわけであるから、まさに今さっき、汽車の券(小樽~新千歳空港)を買ったあの券売機の隣に置き忘れたに違いない。発車直前の汽車に飛び乗ったのを急遽、ダッシュで飛び降りた。
発車バイ。いや、啖呵バイ。なんだっけ。
「すいません」
大きな声を出して、階段を駆け下り、改札口に戻り、駅員に事情を話して、券売機の前に行く。
だけどなかった。
盗まれた。
こんな経験は、珍しくない。実にくだらないし、そして頭の中が猛烈な勢いで回転していく。後悔の念。妻にまた怒られる。恐妻家のオレ。
そもそもが、ダッシュで汽車に飛び乗ったのは、飛行機の時間にギリギリであるからだ。マズイ。そのことも空港に電話して、遅れる旨を伝えねばならない。それよりも、さっきまで乗っていた車の主。すなわちオレを案内してくれたK氏に、もしかして車内に置き忘れたかどうかの電話を入れてみよう。K氏とその息子さん夫婦に時間のない中をぐるぐると小樽見物させていただきお世話になった。いや、家の女房にまずは、「またやっちゃった」と連絡しなければ。それよりも、何処で失くしたか状況を思い出そう。
そんなことを考えているうちに、まあ、行動がおかしくなる。
小学校二年生のときに、貰ったお年玉を二万五千円トイレに忘れてきた事がある。
今でもその時の自分に対するふがいなさと悔しさを覚えてはいるけれど、それを打ち消すほどに、定期や財布は、妻と結婚するまでずっと紛失を繰り返す人生だった。
何故執着がないのか。いや、執着はもちろんある。
障害者が、健常者と同じように出来ない事を自ら悔いている本を読んだ事があるけれど、心境が似ている。障害といえば障害であるし、抜け作タヌキであることは確かで、その事を責められても非常に困るのである。
駆け足の早い人が鈍足の人を責める。計算の早い人が、遅い人について、どうして遅いのかというようなものだ。どうしようもない。白人に肌の色が白いといっているようなものだ。オレにとっては、なかなか直らない。
『自転車泥棒』という映画を何度も観ている。それが好きなのは、あの盗まれて呆然とするシーンが好きだからである。金もなく、職を探し、やっとありついた職に必要な自転車を手に入れて息子と大喜びしながら乗っていた自転車。
それを盗むのかよ。
『佐藤錦』というさくらんぼが大量に盗まれた事件があった。
金を盗む、商品を盗むというのよりも、更にたちが悪いのは、手を掛けて作った直接の作り手の気持ちは、のちのち流通させる人以上に、自分の子供のように可愛いという事だ。
死んだ子の歳を数えるというけれど、聞くだけでいやな事件だ。
八百屋の店頭から盗むよりもずっと罪は深い。
まして実際の人間を失う事を考えると、何か、盗むという行為について、もっと常日頃から話題にして、意識させなければ、その他の事も含めて生きづらくなる。
盗んだほうは、何も考えていない。殺した人間が、被害者さえ死んでいなければ、自分は殺人犯にはならなかった、考えている人が、かなりの数いる事は、多くの手記などを読んで知っているし、その程度に人間というものが、期待に反して道徳的でもないことをオレは知っているつもりだ。
でもさあ。
カメラ。
今のオレにとっては、金額としても痛すぎる。
ああ。どうやってその分を取り替えそうか。でも人生はそうはなっていない事は、これまでの経験でよく知っているではないか。
自転車を俺も六回盗まれて、結局は今、もうその最後の盗難から数えて五年になるが、自転車を使わない生活をしている。家から最寄の駅まで歩いて三十五分。妻は自転車を使っているが、オレは常にテクテクと歩く。そういう便利さを憎んで噛み締めながら生活していた。
だから今回も、かつての裕福な同級生たちとデジカメを振り回して、何をオレは満足げに浮かれていたのか。そんなことを考えながら便利で危険な社会に無理やり話をすり替えながら、それでも自分の特異な性格とそれに導かれるであろう行動様式を恨んだ。
携帯電話も持っていない。車に乗るのもやめた。
新宿から電車が無ければ、翌朝まで歩く。丁度北千住には着く。
タバコもやめたし、だいたいの事は我慢できる。
それでも自由でいたい。
何か制御がずれるというか、人間の全体像としてしっくり来ていないのかもしれない。
前日も旧友との話で、オレがテトリスを二十六時間寝ずに連続したという話をしたら、驚いてはいたが、本当はこういう自分をどうしていいか、困ってもいる。
ギリシャのエーゲ海クルーズで、カメラを盗まれたことがある。その時のオレは冷静で、どうしたかといえば、次の島に下りて、そこでカメラ屋を探し、すぐに買った。何が冷静かといって、ツアーでの行程中だったので、一緒に行った観光の人たち(日本人)に対して私についての要らぬ心配をかけたくないというおかしな思いやりが働いて、添乗員には話はしたものの、同行の人たちには漏れないようにと配慮した。
それが冷静というより、イッタイ何を本質として考えているのか、行動が実はおかしくなるという事を言いたかった。
カメラに関してはまだまだいやな思い出がある。網走を妻と観光中のことだ。カメラを落として壊してしまった。
理由は明白だ。これはあてつけでも難癖でもない。
この日、部長から電話連絡するように言われていた。
当時の私は、会社勤めをしていて、夏の休暇をとって北海道めぐりをしていた。部長は、ただ一人出勤し、嫌がらせとも思える「社内連絡」を特に営業社員には課していた。
オレは、生返事で休暇をとったものの、もちろんそんな電話を北海道くんだりから入れるつもりはない。ないけれども気になる。いつもポケベルを持たされていたが、自主的にきっていた。だからそういう普段の態度も含めて、このときとばかりに、北海道からの定時連絡を迫って、内心ほくそえんでいたのではないか。それを思うと、ただ電話を入れないというのでは、翌日出勤してその非を責められるだけだ。それでは面白くない。じゃあどうするか。もちろん電話を入れずに何かギャフンと言わせて、なおかつそういう連絡を今後入れにくくさせる方法はないものか。にもかかわらず、いや~な気持ちが頭の中を渦巻きながら、虚ろにシャッターを押し続けていたのだ。
ふざけやがって。
北海道人は、執着がないという話を、K氏と盛り上がっていたオレ。
倉本聰などは、本州からやってきて、利権から何から根こそぎ奪う脂っこい奴だ。北海道の作家と付き合いの深いK氏は、小桧山博について、「あいつは珍しく北海道のくせに脂っこい」といっていた。つまりは、下品で、嫌な奴だ! といってるのだけれど、オレも本州に住んで少しは脂っこくなったかと思っていたら、その矢先にこのザマだ。
チクショウ、全部まとめて、どうかしてくれようか。
結局妻にも空港にも何処にも連絡を入れる事も出来ずに、千歳空港に着いたら、18時30分出発が、18時20分ごろ汽車が駅に到着。まずいよね。
走ったし、慌てた。
当然こういうときに限って、発券、身体検査に手間取る。
なぜか警報音はなる。仲からカッターナイフが出てくる。これは、オレにとってはホチキスやボールペンなどと一緒にいつも持ち歩いている必携品だ。羽田空港からのときはオ咎メ無しだったのに、どういうことよ。人相も悪いし、直前に走りこんできて、カッターが出てきて、おまけに身体検査で音がなれば、怪しまれるのは仕方ない。物は放棄して、18時30分をオーバーしている飛行機に向かってまたしても飛び乗った。
羽田についてからがまたおかしい。
「北海道に着いた」と勘違いして、空港前にバスに飛び乗って、。札幌行きますよね???と聞いたら、運転手が津田沼行きだといった。
あれ、ここはどこよ。
京成バスだった。
小樽駅で買った「筋子」のおにぎりを食べようと見たら、これが「ツナマヨ」とかいてある。
まあ、これ以上、書いても仕方がない。
帰ってきて、メールをあけたら、トラブルのメールもある上に、パソコン自体がトラブルだ。なんか知らんけど、通じない状態だ。おかしい。メンテナンスなのか。そういう場合は、事前に予告してくれよ。いや、今のオレの精神状態では、よくわからない。
「電話したけど何で出なかった?」と妻に聞いたら、家にずっといたけど、電話なんてなっていない、とのこと。
そういえば着信音の回数が違っていた。間違ってかけていたのだろう。
何とかに刃物というけれど、谷岡に文明だね。
実は、ここまで何とか書くことが出来ているのは、K氏から連絡が入ったからだ。
車に忘れていたという。
まだ確認はしていないけれど、カメラの代金だけなら、取り返しはつかないにしても、代用は聞くだろう。だけど撮った写真については、そうではない。盗んでいる事自体犯罪者であるから、何に使われるかは分からない。一緒に写っている人に迷惑がかかる。こういう場合、何か不運が重なれば、その被害についてもめたりする事も考えられる。
それ以上にやはり、『自転車泥棒』を思い出すのである。
盗んだ奴はイッタイどういう気持ちで、やっているのだろう、もちろんろくな奴でもなく、相手の痛み悲しみなど知らぬ存ぜぬだろうけれど、一応は全く知らぬ人々の写真が写っている。それを無造作に、それこそデジタル操作して、「消去」する。
どんな気持ちだ。
そして何を消すのか。思い出か、歴史か、虚栄の残像か。
だけど駅員さんが、こういっていた。
「でも盗っていく人いないと思うんだけどな」
少し救われた。
そうだ。
自分だってそういう(物のなくならない)田舎町で育ってきたのに、いつの間にか、物を忘れりゃあ、そこで取る奴がいる、という考えに占拠されていた。
小樽の人口は十五万人を切っている。丸井今井もつぶれた。既にニューギンザも大國屋も消えていて、デパートはゼロになった。
年寄りばかりで高齢都市の何かのランキングで全国四位だと、K氏は言っていた。年寄りがうるさいから若者が町を出て行くという。それも京都の様な粋な味や伝統があるわけでもないのに、ただただうるさいという。
小樽商大の生徒は八割が留年ではないかという。しかも時給六百円のアルバイトを奪い合いながら留年しているという。駄目だ、こりゃあ。
だけど、他人の物を取るような街ではないという自負。
カメラの紛失が札幌だったならば、多分駅員は、
仕方がないねえ、などとオレに諦めるよう「都会的な」むしろ忘れるあんたの不注意だという目を向けられていたであろう。
小樽がいいね。
とはいえ、車内でポール・ウエラーを掛けていたK氏の息子さん夫婦も札幌の住まいだという。
オレはどう生活をしようか。
そんな呑気な夢想の場合じゃありません。今から原稿(「ヤクザと女とⅤシネマ」という題での依頼)に取り掛からなくてはなりません。
では。
さっぽろでのこと感謝します。本当にありがとうございました。
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